陰翳礼讃(谷崎潤一郎)

 

陰翳礼讃

陰翳礼讃

 

最近の若者たちの中には、自分のことを「陰キャ」と呼ぶことでうまく他人とコミュニケーションをとれない自分のことを慰めようとしたり、自分の部屋に一人こもってネット動画をずっと見ている自分の性格を特徴づけようとする人もいるようだけれど、薄暗さの中に楽しみや美を見いだそうとするのは、日本人がその気候や風土に適応してきた結果として培った伝統なのだと谷崎は言っている。

美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを餘儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。事実、日本座敷の美は全く陰翳の濃淡に依って生れているので、それ以外に何もない。西洋人が日本座敷を見てその簡素なのに驚き、ただ灰色の壁があるばかりで何の装飾もないと云う風に感じるのは、彼等としてはいかさま尤もであるけれども、それは陰翳の謎を解しないからである。(谷崎潤一郎『陰翳礼讃』中公文庫、pp.31-32)