鶴見俊輔編『本と私』(岩波新書、2003年)書評

本と私 (岩波新書 新赤版 (別冊8))

本と私 (岩波新書 新赤版 (別冊8))

同じ岩波新書齋藤孝『読書力』では、本の教育上の効用、人格形成やコミュニケーション能力の向上に及ぼす本の力が中心に語られ、また本は、言わば制覇する対象として描かれていたが、こちらのほうは、執筆者それぞれに十人十色の体験がまずあって、本はそうした体験を通して様々な位置づけを与えられたり、逆に本が体験を促したりして、むしろ「いつも共にある存在」として描かれている。当然のことかも知れないが、執筆者全員に共通しているのは、本への尽きない愛情である。そこには本の効用を云々する議論をはるかに超えて、もはや本に対する信仰心ともいうべき強烈な思いが存在している。

編者の鶴見俊輔は、「年配の人の場合、自分が今まで自分をつくるについて頼りにしてきた本には、終わりが来ているのではないか、という不安があり、これから育ってくる人たちと、自分は、どう結びついてゆくのかという問題がある」(1頁)と言う。現代に生きる若者たちの情報入手経路が多様化していることは確かで、その中に占める本の比重がますます低下していることも事実だろう。しかし、本には他の情報メディアでは代替できない要素がたくさんあり、また情報入手の効率性について意識的な若者は、必ず読書という情報獲得手段についても真剣に考えているはずだと思う。出版業界が抱える構造的な問題が本の質に及ぼす影響は深刻だが、本という文化の将来については必要以上に悲観する必要はないのではないだろうか。