2021-04-01から1ヶ月間の記事一覧

尖閣問題についての日本側からの英語論文が少ない(松井芳郎)

松井芳郎『国際法学者がよむ尖閣問題』日本評論社、2014年より。 ※強調・下線は引用者 まったくの付け焼刃の論文の寄稿を承諾したのは、宜蘭シンポジウムの準備の過程で、中国側にはこの問題に関する英語論文が多いのに対してこれに関する日本人の欧文論文は…

「復員兵の子」の仕事(蘭信三)

蘭信三「「帝国崩壊と人の移動」研究への道程」上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科国際関係論専攻紀要『コスモポリス』NO.15(2021)より。 https://dept.sophia.ac.jp/g/gs/ir/wp-content/uploads/2021/03/99d316d8517b62a4abdca3a5e01caae6.pdf…

自分は頑張っているという意識は自分も他人も疲れさせる(西部邁)

西部邁『死生論』ハルキ文庫、1997年より。 ※強調・下線は引用者 生の活力を奮い起こしていると意識することが自分を疲れさせる因となる、ということに気づかないほど私は莫迦ではない。人のやみくもに頑張っている姿は、えてして、他人のみならず自己をも困…

死を語る際に見られる表現上の甘え(西部邁)

西部邁『死生論』ハルキ文庫、1997年より。 ※強調・下線は引用者 物語を含め人間の推論過程にはかならず前提がなければならず、そしてその前提は、数学や(ある種の)詩のように高度の抽象に達しているものは別として、かならず意味さらには(意味の制度化さ…

「知識人は「言葉」という矛と「ルール」という盾をもって馳せ参ぜよ」(西部邁)

西部邁『死生論』ハルキ文庫、1997年より。 ※強調・下線は引用者 伝統解体を率先したのは知識人であり、その知識人が「自然」と「情愛」に溶け込むようにして死にたいものだと宣うている。これはあまりにも虫のよい言説というほかない。知識人にたいしては、…

「自分自身が人生の問いに向き合っていない人は、教壇に立つ資格はない」(諸富祥彦)

諸富祥彦『教師の資質―できる教師とダメ教師は何が違うのか?』朝日新書、2013年より。 ※強調・下線は引用者 子どもたちは、いじめのアドバルーンをさりげなく揚げて、「その一瞬に教師がどう出るか」を見て、教師の“本気度”を試しています。 たとえば、授業…

「言葉とは交換価値ではなく絶対的な価値」(池田晶子)

池田晶子『41歳からの哲学』新潮社、2004年より。 ※強調は引用者 言葉なんて、タダだし、誰でも使えるし、世の中は言葉だらけだし、なんでそんなものが価値なのだと、人は言うだろう。しかし、違う。言葉は交換価値なのではなくて、価値そのものなのだ。相対…

「傍観者の視線が逸脱を増幅させる加害要因にもなりうる」(徳岡秀雄)

作田啓一・井上俊編『命題コレクション社会学』筑摩書房、1986年より。 11.ラベリングと逸脱(H・ベッカー他) 1.人が逸脱者というラベルを貼られるのは、逸脱行為のゆえにというより、社会的マジョリティによって定められた同調・逸脱に関するルールが恣…

「世の中には、世の中には役に立たないことをする人が必要」(池田晶子)

池田晶子『41歳からの哲学』新曜社、2004年より。 ※強調・下線は引用者 学問というものが、本来、役に立たない金にならないのは当然なのである。また、ある意味でそれが閉鎖的に見えるのも、当然なのである。世の全体が、役に立つこと金になることを価値と信…

「自分を認めるために他人に認めてもらう必要はない」(池田晶子)

池田晶子『41歳からの哲学』新曜社、2004年より。 ※強調・下線は引用者 経済効率第一主義と対になるのは、情欲獣欲第一主義である。なんと貧しい我々の文明。文明など知ったことか。居直ってもダメである。空しいのはあなたである。 出会い系にせよ、ネット…