「復員兵の子」の仕事(蘭信三)

蘭信三「「帝国崩壊と人の移動」研究への道程」上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科国際関係論専攻紀要コスモポリス』NO.15(2021)より。

https://dept.sophia.ac.jp/g/gs/ir/wp-content/uploads/2021/03/99d316d8517b62a4abdca3a5e01caae6.pdf

『黄土の村の性暴力』を読むにつれて、そういえば、占領地での出来事を父から聞いていたことをおぼろげに思い出し、何とも言えない気持ち(加害者意識)に苦しめられた。

 私はもちろん「当事者」ではないし、父は戦争でやったことであり、個人的な行為ではないと、言い訳をしつつも、苦しかった。大学時代に進路に迷い、高級官僚への道から大学教員への道に進路選択を変えた私に失望しつつも、「自分は戦争という名のもとで、人間が出来る悪業はすべてやった。だから、お前たちにはきれいに生きていってほしい」。(だから大学教員になる道も悪くはないかと、諦めたようにつぶやいた)ことを思い出したり、亡くなった父との会話が様々に思い出された。論文が書けない辛さは慣れているが、この精神的な苦しさはとても辛く、泣きはらした目にできものが出来て、異様な顔になった。妻に、「気が狂うからもうやめて、見ていられない」と言って止められた。

 この苦しさと向き合うのは無理だと思い、執筆を降りることを考え、上野さんや岩波の編集者に気持ちを伝えたが、引き留められた、「それをぜひ書いてほしい」と。しかしそれは無理なことだった。私は、この苦しみから逃れるために、徹底して戦時性暴力の聞きとりという方法論に逃げた。書いたものはそれなりに佳作となったと思う。しかし、逃げた。そのテーマにはまだ向き合えなかったからだ。(上野千鶴子・蘭信三・平井和子編『戦争と性暴力の比較史へ向けて』(岩波書店、2018年)の第10章の付記を参照されたい)。(pp.41-42)