ネグリ、ハート『コモンウェルス』

コモンウェルス(上) 〈帝国〉を超える革命論 (NHKブックス)

コモンウェルス(上) 〈帝国〉を超える革命論 (NHKブックス)

渡辺靖・慶応大学教授の書評より。(朝日新聞2013年2月24日書評欄)

平和構築における公的主体と民間主体の協働に対して、概念レベルで示唆を与える可能性がある。

新自由主義は自然資源(水や天然ガスなど)と社会資源(知識や情報、言語、情動など)を際限なく私的所有=民営化してきた。一方、社会主義はそれに抗うべく国家所有=国営化を説くが、どちらも<私>か<公>かという「所有」をめぐる旧来の二項対立に囚われている。社会民主主義もその折衷案に過ぎない。つまり、三者とも<帝国>のなかに包摂されたままで、持続可能なグローバル民主主義の未来はそこにはないというわけだ。

著者は、<共>こそがそうした「所有」への呪縛を乗り越えてゆける概念であり、「人民」や「労働者」といった特定の単位に収斂されない多種多様な人びとの集合体=マルチチュードが依拠し、蓄積すべきものだと説く。

そのためには<共>を腐敗させる障壁を壊さねばならない。その代表例として著者は家族・企業・ネーション(=国民/民族)の三つを挙げる。往年のマルクス主義を彷彿させる過激な論法だ。しかし近年の、とりわけ若い世代の柔軟なライフスタイルやフラットな人間関係への志向はそうした動きへの(意図せぬ)予兆のように解せなくもない。

(中略)

マルクス主義が軽視した人間の性(さが)=人間性の現実に本書がどこまで対応できたかは疑問が残る。しかし、時局的な小論が言語空間を浮遊する昨今、現代世界を大胆に描き続ける2人が当代稀有な知性の持ち主であることは確かだ。