「しごきは身体資源の先食い」(内田樹)


内田樹「わたしの紙面批評 「軍隊ルーツ」的確な指摘 しごきは身体資源の先食い」
朝日新聞2013年2月26日朝刊)より。

スポーツにおける体罰についてのものだが、上司と部下、教師と生徒、親と子など、
上下関係のすべてに当てはまることではないか。

私が大学入試の面接官をしていた頃、推薦入試の自己アピール欄に高校でのスポーツでの実績を掲げていた受験生に幾人も出会った。「大学でも続けますか?」という私の問いにほとんどの受験生は気まずそうな表情で応じた。「まさか」と苦笑するものもいた。そのときわかった。彼らにとって、競技での好成績は「苦しみの代価」として手に入れた高校時代の誇るべき達成だったのである。ようやくその「苦しみ」から解放されたのに、どうして大学に入ってまで……という高校生の素直な驚きのうちに私は現代の学校体育の歪み(ひずみ)を見た思いがした。

体罰と暴力によって身体能力は一時的に向上する。これは経験的にはたしかなことである。恫喝をかければ、人間は死ぬ気になる。けれども、それは一生かかってたいせつに使い伸ばすべき身体資源を「先食い」することで得られたみかけの利得に過ぎない。