よしもとばなな「できることにしか色気を出さない」
2014年1月12日付・朝日新聞求人欄「仕事力」より。
私が目指しているのは、私の本の読者が「この本に書かれていることは私にしか分からないだろう」と感じて欲しいということ。自分にしか分からない、自分のために書かれていると思う部分を、必ず発見してもらうことを願って書いています。ある種の読者にとって、すごくリアルでありたい。
そういう気持ちを丁寧に描くには、私自身が通り過ぎてきた年齢を経なければ書けない。一番よく書けるのは過ぎてから10年後くらいです。その年齢ならば、客観性もあって、なおかつ経験の生々しさも残っている。例えば私は今49歳ですから、30代後半の人の話を正確に書けるというイメージがあるし、30歳の時には20歳のことがよく書けた。それより時間が経つと劣化する気がします。そうやって年代を追っていくのは、まるでローラー作戦のようですね(笑)。
だから逆に、私が正確に書けないという対象には色気を出さないことを大切にしています。社会の中には分担というものがあって、自分が全部背負っているような気になってはダメなんだと思うのです。やっぱり、金物屋さんにおまんじゅうを買いに行く人はいない。私は金物屋だから、いくら困ってもおまんじゅうを売り出そうと思わないことだ、と自戒している感覚があります。
これができる、これは苦手と判断しながら、己を知るというのが全てです。いい仕事をするというのは自分の持っているその範囲を磨くってことなのじゃないでしょうか。(談)