つれづれ日記:高い高いアメリカの歯医者さん
今日はこのネタです。もうかなり前の話になるんですが、最近また関係した事件が起こってしまったので書きます。
自分がアメリカへ来たのは2004年1月。ほぼ1年前です。まあ初めは右も左もわからない状態で来て、少しずつ身の回りのことに慣れていきました。最初は身の回りの物をそろえることから始まり、「布団はどこへ行けば売っているか」とか「一番安い国際電話のかけ方は?」とか「床屋はどこにあるか」とか、今では普通に知っていることも、最初は何一つわかりませんでした。まあこれは多かれ少なかれ留学生ならみんなに共通していることでしょう。
ただ、おそらく留学先で大きな病気やケガをして、長期間にわたって医者にかかる必要が出てしまった人というのはそれほど多くないのではないでしょうか。自分の場合は単なる虫歯だったわけですが、これが予想以上にひどかったために、数ヶ月にわたって歯医者に通う羽目になりました。留学にまつわる話として、この自分の体験を今日は書こうと思います。
留学が始まってから1,2ヶ月後だったと思いますが、5年くらい前に東京に住んでいた時に歯医者でかぶせてもらったかぶせ物がとれてしまいました。何かを食べている時だったと記憶しています。まだ留学が始まって少ししか経っていなかったし、正直困ったなとは思いましたが、大学で留学生が強制的に入らされる学生保険は歯の治療をカバーしていませんし、かぶせ物が外れたとはいえ痛みが全くなかったので、夏休みに日本に帰ったら治せばいいだろうと思ってそのままにしておいたのです。
ところが、夏休みに入る前の6月半ばに、突然激痛が襲ってきました。あまりの痛さにとても勉強どころではなくなり、眠ることすらできずに生活全般に支障が出てしまうようになったのです。これはまずいということで、まずは学校所属の保険センターに予約をとって、診てもらうことにしました。この保険センターというのは正規のお医者さんがいるわけではなく、とりあえず診断して専門的な治療が必要ということになれば、お医者さんを紹介してくれて、紹介状を書いてくれるのです。そこに行って歯医者さんを紹介してもらい、電話して予約するよう言われました。すぐその日のうちに予約の電話を入れ、翌日行くことになりました。
メトロ(地下鉄)で1駅離れた所にある歯医者でした。大きなビルの1室になっている歯医者で、すぐ隣には映画館などがある立派な建物でした。歯医者さんは南アジア系の女性の歯医者さんで、とても物腰が柔らかくて優しい先生でした。ところが問題は虫歯の状態でした。先生はレントゲンを撮ったり小型カメラで歯を調べたりして、虫歯の状態を見てくれたのですが、これが予想以上にひどいことになっていたらしく、何度も「どうしてこんな状態になるまで放っておいたのか」と問い詰められました。「お金に不安があったから?それとも歯医者が怖かったから?」とも聞かれました。正直自分はそんなにひどい状態になっているなんて知らなかったので、「いや特に理由はないけど、大丈夫だと思って来ませんでした」と言うしかありませんでした。
早速治療してもらい、とりあえず激痛はおさまったのですが、問題は治療代です。保険が効かないのはわかっていましたが、予想以上に高くて驚きました。一度の治療で1000〜1500ドルかかりました。その後この歯医者に3度、そしてこの歯医者ではできない専門的な治療が必要とのことで別の歯医者(endodontics(歯内治療)という単語をここで初めて知りました)を紹介してもらい、そこに1度かかったので、全部で4度、つまり合計して5000ドル近くかかったのです。日本円にしておよそ50万円。危うく次学期の授業料が払えなくなるところでした。
でも激痛を抱えたまま授業に出席はできないし、市販の留学案内書には必ずといっていいほど書いてある「歯は日本にいるうちにすべて治しておきましょう」というアドバイスを無視した自分が悪いのだと思って諦めました。
ちなみにこれもこの件を通して知ったことなのですが、友人から「日本の国民健康保険には海外での治療への適用もある」ということを聞き、日本に帰った時に市役所で申請しました。しかしこの適用は「日本で同じ治療を受けた場合にかかる料金」を前提にして計算するので、アメリカでかかった治療費がそのまま返ってくるわけではありません。日本で歯医者にかかった時にかかるのは、初診でもせいぜい一度の治療で2000〜3000円程度です。この値段が3割負担だとして、保険がなくても1万円程度でしょう。となるとアメリカの10分の1です。自分の負担分が3割なので、返ってくるのが1回の治療につき7000円、4度でせいぜい3万円程度です。まあ返ってこないよりはマシというしかない程度の額です。
この制度を適用するには、日本の役所で入手できる診療内容証明書と領収証が必要で、証明書は自分がかかった医者に書いてもらう必要があります。外国語で書かれたものは、申請の際に自分で日本語訳を添付して提出しなくてはなりません。これから留学する人は、この用紙をあらかじめ何枚か持ってきたほうがいいでしょう。
この件があってからというもの、日本に帰ったら、痛いところがなくてもとにかく歯医者に行って歯を見てもらうようにしています。もしかしたら自分が気づかないうちに別の箇所が虫歯になっているかも知れないからです。
ところがなんと…。今年のお正月に帰国して1月半ばにまたアメリカに戻り、また新学期が始まってから1ヶ月くらい経ったある日、今度は別の、でも同じく何年も前に東京の歯医者でつけたかぶせ物がとれてしまったのです(苦笑)。さすがに今回は焦りましたが、まさかもう一度アメリカの歯医者に行くわけにはいかないし、今回は前の歯に比べて深い虫歯ではないので、とにかく歯磨きをちゃんとして、近くの薬局で口内洗浄液を買ってきて除菌を続けています。そして夏休みまで待っていたらまた同じことになりかねないので、2週間後の春休みを利用して日本に帰ることにしました。幸いこの時期は航空券も安いので、航空券の値段を考慮しても、アメリカで治すより日本で治すほうがはるかに安いのです。まあ家族にも会えるし、お正月に持ってくるのを忘れた物も持って来られるのでいいかと今はいい方に考えていますが、それにしてもとんだタイミングでかぶせ物が取れるものです。
これから留学する人、留学中で歯医者の保険に入っていない人は、日本で歯を全て治しておくこと、それと日ごろの歯のケアに気をつけて下さい。身をもって体験したことから言える教訓です。
追補
アメリカの歯医者さんで驚いたことなのですが、治療している間に、名前はなんというのか知りませんがゴーグルのような形をしたものをつけて映画が見られるのです。最初診察室に入った時に、壁際にやたらとハリウッド映画のビデオが山積みにされているのでおかしいとは思っていたのですが、これは患者が見るためのものだったのです。これはなかなかのサービスです。(自分はヒュー・グラントの「アバウト・ア・ボーイ」を選んで見せてもらいました。)
あと治療の仕方で思ったのが、アメリカの歯医者さんは患者が感じる痛みにすごく敏感だということです。日本の歯医者さんは、治療している間に患者が痛がろうとあまり気にせず治療を続けていますが、アメリカの歯医者さんは患者に全く痛みを感じさせずに治療をします。しかも治療中に「痛くはないか?」と何度も聞いてきます。もちろん痛くないのはどんな治療でも必ず麻酔をしているからですが、日本で治療を受けた時にはすごく痛みを感じたので、殊更この違いが印象に残りました。
言うまでもないことですが、「痛い」という感覚は人間が感じる最も不愉快な感覚の一つで、医学の進歩は「痛みの除去または緩和」という形で進んできたと言ってもいいと思います。アメリカで感じたこの「患者の痛みに対する対応の違い」は、世界一の先進国であるアメリカの国柄と何か関係があるのでしょうか。
あともう一つは、アメリカの歯医者さんは患者に対する説明責任が徹底しているということでした。まず歯が今どんな状態になってしまっているのかを、歯の模型を使いながらわかりやすく説明してくれ、そのためには何をしなければならないか。そして治療方法にはいくつか選択肢があるが、それぞれどんなメリット・デメリットがあり、治療費はそれぞれどれくらいかかるかを治療する前に徹底的に説明します。そして最終的な選択は患者自身にさせます。もちろんこれは、訴訟社会アメリカで、のちに不測の事態が起きてしまった場合のことを考えてそうなってしまうのでしょうが、患者にとっても正確な医学知識が得られ、また自分に合った治療を選択できるというメリットがあることは言うまでもありません。