副島隆彦『現代アメリカ政治思想の大研究』書評

注意!:この本とほとんど同じ内容の本が文庫で『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』(講談社プラスアルファ文庫)という違うタイトル(実はサブタイトルとほぼ同じ)で出ています。自分は間違って両方買ってしまったので買う予定の人はお気をつけを。念のため両方の本のリンクを貼っておきます。

世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち (講談社+α文庫)

世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち (講談社+α文庫)

アメリカにおける思想の対立構造をわかりやすく解説。①保守かリベラルか、②信仰する宗教・宗派は何か、③どのような人種・民族に属するか、という三つの要素による分類(153頁)は比較的よく知られているが、「自然法」派対「人定法」派、あるいはバーキアン(バーク主義者)対ベンサマイト(ベンサム主義者)という構図(135〜140頁)はあまり知られていないものだろう。この対立構図を加えることで、保守内部にもかなり大きな分断線が存在していることがわかる。保守派という一語で一まとめにすることはまず不可能だろう。本書は、この「人定法」派であるリバータリアン(強固な個人主義を貫く自由主義者)に最も重きを置いた解説をしており、著者自身もこのリバータリアンを最も有望視かつ積極的な評価をしている。

個人の最大限の自由を追求するリバータリアンは、ゲイや中絶を容認するにも関わらず、保守派に分類される。このことだけから見ても、日本で一般に使われる保守とリベラルの意味合いとの違いに注意しなければならない。また「自然法」派(バーキアン)対「自然権」派(ロッキアン=ロック主義者)の対立も、現在まで続いているものであるが、これも実は保守主義内部の対立であって、「自然権」派から派生した「人権」派が日本で一般にイメージされるリベラル派に相当する。本書内で用いられるこれらの対立構図によって、複雑なアメリカ国内の思想状況がある程度すっきりとする。

ただし、これは分類や理論に常につきまとう問題だが、これらの分類にぴったりと当てはまる人物というのはほとんどいない。例えば本書内でリバータリアンに分類されている、ラジオのトークショーでおなじみのラッシュ・リンボーは、「反税金・反福祉」という点ではリバータリアンだが、中絶には反対している。現実との乖離を認識した上でこうした分析枠組みを使う必要があるのは言うまでもないことだろう。

また、これは文体についての瑣末な問題かも知れないが、自分の美意識に関わる問題なので指摘しておく。いくら自分の業績が不当に評価されているという認識があるにせよ、「現代政治思想の構図を、荒っぽくではあれはっきりと日本に紹介・初荷上げした業績だけは、私のものとして認めていただきたい」(149頁)などという言は、書くべきではないと思う。汚らわしくさえある。せっかくの本書の長所も、この一言でみみっちいものに見えてしまう。アメリカ政治思想のダイナミックな対立構造は、そんな一物書きの初紹介の業績など歯牙にもかけないほど面白くて魅力的なものなのである。