チャルマーズ・ジョンソン『アメリカ帝国への報復』書評

アメリカ帝国への報復

アメリカ帝国への報復

知日家の草分け的存在であるチャルマーズ・ジョンソンによる、アメリカの帝国主義的対外政策への警告の書である。アメリカが世界規模で展開する帝国主義的、つまり国益のために他国の犠牲も厭わない、むしろ自国の国益のために競争国の国力を積極的に減退させることを目的とした外交戦略に対して、著者は報復(Blowback)という言葉を用いて、そうした戦略が回りまわってアメリカに悲劇的な結果をもたらすと警告を発している。インドネシアやブラジルなどで多数の人々を「底知れぬ貧困」(22頁)に突き落としたIMFは、それが講じた改善策によって「一度も特筆すべき成功をおさめて」(109頁)おらず、彼らの信奉するグローバリゼーションとは、「煎じつめれば貧困の拡大」(266頁)だと言い切る。無批判に「新古典派経済学」の普遍性を信じ込んでいるせいで、それがアメリカの歴史や風土に根差した極めて特殊な性格のものだという認識を、まだアメリカ人は持つことができずにいる。ソ連にとってのマルクス・レーニン主義がそうであったように、新古典派経済学に基づくグローバリゼーションは、アメリカにとってのイデオロギーとなっている。グローバリゼーション(または市場経済)とは、「民主主義(democracy)」と並んで、アメリカ人のナショナリズムの象徴になっていることを認識する必要があるだろう。

東アジアの主要諸国・地域を個々に検証しながら、アメリカの帝国主義を一つ一つ暴いていく本書の議論には、かなりの説得力があることは認める。ただ、あらゆる危機的な状況の背後にアメリカ(またはアメリカの意図に通じた現地政府)の陰謀が存在していると書くことは、それが過度になされているとみなされれば、陰謀論(conspiracy theory)として退けられる可能性が高い。現にamazon.comに載っている原書のレビューにはそのようにみなしているものがいくつか散見される。そのような陰謀論のみで戦後の東アジアの政治経済を説明することはできない。戦後史の否定的側面を指摘することは重要だが、現在の倫理的高みに安んじて、当時の状況での実現可能な代替策を示さなければ、その批判の価値は半減する。

ジョンソンは、紛れもなく極めて質の高い知日家である。しかし彼の批判を全て鵜呑みにすることはできない。彼の日本論がアメリカで一定の影響力を持っていることを考えると、そして江藤淳が言うように、親日家とはもしかしたら誰よりも日本を深く憎んでいる外国人であるかも知れないということを考えるならば、日本人は積極的に彼との議論に応じるべきだろう。