重村智計『最新・北朝鮮データブック』書評

1997年の初版と重なっている箇所がかなりある。どうせなら全て違うものにしてもよかったのではないか。2冊続けて読んだので、重なっている箇所を読んだ時は少しだけ損した気分だった。

前著と一貫しているのは、北朝鮮が持っている石油の量を見れば北朝鮮が戦争をできるわけがないのは明らかであるから、必要以上に危機を煽るのは百害あって一利なしであること、そして、かつてないほどの経済的困窮状態にありながらも、北朝鮮独特の「儒教社会主義」のためにこの国がそう簡単に崩壊することはありえないこと、である。ただ、ジョージタウン大学のヴィクター・チャ教授は、たとえ勝ち目がないとわかっていても、追い詰められれば(彼の表現に従って言うと、自らが「Domain of Losses」にいると判断すれば)先制攻撃を始める可能性が高いと主張しており、それを防ぐための、強硬姿勢と抑止力を維持しながらも関与はしていく(“Hawk Engagement”)戦略を提唱している。別の箇所で著者の重村氏も同じようなことを述べており、北朝鮮が先制攻撃を起こす可能性についてはより詳しい議論が可能であると思う。(参照:Victor D. Cha, “Weak but Still Threatening,” in Nuclear North Korea: A Debate on Engagement Strategies, by Victor D. Cha and David C. Kang, New York: Columbia University Press, 2003.)

本書は1998年の北朝鮮憲法改正以降の動きを付け加えることに主眼を置いている。この新憲法において、金日成が「永遠の主席」とされ、主席制が廃止された。変わって北朝鮮は、国防委員長が全権を握る軍事優先国家、すなわち「先軍政治」へと変化を遂げた。憲法改正の前年に党の総書記に「推戴」されるという形で就任した金正日だが、官僚主義と腐敗に満ちた労働党への不信感が強く、これまでの「党の優位」を「軍の優位」に変えるための「クーデター」だったと著者は見ている。

もう一つのキーワードは北朝鮮の「振り子外交」である。簡単に言ってしまえば、ある国との関係が悪くなれば、他の国との関係を改善する方向に動いて、関係が悪化した国をけん制する外交戦略である。2000年にブッシュ政権が成立して、ブッシュ大統領による「悪の枢軸」発言があって以降、米朝関係は悪化した。その反動で北朝鮮は日朝関係を改善する方向に動き、日本人拉致の謝罪と国交正常化交渉の再開を約束した。拉致問題ばかりが取り上げられる日本の姿勢に反発を感じたアメリカは、2003年に北朝鮮の核開発疑惑を理由に、日本に国交正常化の条件として核開発の放棄を加えるよう圧力をかけた。拉致問題は確かに重要な問題だが、韓国では日本人以上に多くの人が拉致されており、日本だけの問題ではない。またアメリカにとってのみならず世界的にも、拉致問題よりも北朝鮮の核開発のほうがはるかに重要な問題であることは明らかで、日本外交に広い視野と複眼的思考が必要とされることは言うまでもない。

「振り子外交」は大国に無視されると機能しなくなる(218頁)。北朝鮮の巧みな外交戦略に翻弄されないために、この戦略がこれまで一貫して北朝鮮の外交を支えてきた事実をまずはきちんと認識しなくてはならない。拉致問題では日本は一貫した姿勢を貫いてきた。それは自国民の人権に関わる問題だったからでもある。メディアでの扱いも他の問題に比べて破格であった。しかし、核開発問題や国交正常化交渉で同じように一貫した姿勢で北朝鮮に対峙できるかどうかは、少し怪しい。日朝国交正常化は北東アジアの安定に寄与するという主張が説得力をもっているように受け止められているが、実際には筆者が指摘するように、オーストラリア、カナダ、イタリア、イギリスなどが北朝鮮と国交正常化を成し遂げたにも関わらず、この地域に安定は訪れなかった。(230頁)過度な期待を寄せて、まずは正常化ありきの議論をすべきではないだろう。正常化交渉が難航しようとも、ダメなものはダメだと言わなくてはならない。