吉田修一『パーク・ライフ』(文春文庫、2004年)書評

パーク・ライフ (文春文庫)

パーク・ライフ (文春文庫)

 芥川賞を受賞した表題作と「flowers」を収録。主人公を含めて登場人物はみな平凡な人々で、ヒーロー、ヒロインでもなければ、特殊な能力や感性を持っているわけでもない。ごくありきたりの平凡な日常を淡々と描いている。でもこういう小説を読むとなんだかほっとする。波乱万丈の英雄の生涯を描いた壮大な小説も面白いだろうが、この『パーク・ライフ』のような小説を読んで思うのは、「やっぱり人間って面白い」ということ。小説を読むことの意味は(意味なんてものがあるとして)、一つにはこのことを再確認することなんだろうと思う。表面的には退屈な人柄や光景に見えても、その内面を緻密に描くことで、平凡な日常が、人間の内面においてこうも変化に富んだものに描かれるのかと感心した。

 本書内で出てくる「スタバ女」の描写が印象的だった。

久しぶりにスターバックスに入ったのだが、前日の彼女の話が心に残っていたこともあり、ひとりずつ各テーブルのしゃれた椅子に座り、携帯でメールをチェックしたり、ファッション誌を捲ったり、文庫本を読んだりしている女性客たちの姿に、どこか近寄り難いオーラを感じた。注文したカフェモカが出てくるのを待つあいだ、カウンターの隅に立って彼女たちを観察していると、奇妙な共通点に気がついた。ふつう喫茶店にひとりで入れば、まず窓側の席を探し、飽きることなく通りを眺めるはずだが、誰ひとりとして、店の外へ目を向けている者がいないのだ。外へ目を向けないだけではない。彼女たちは一様に高価そうな服をセンスよく着こなし、髪型にしろメイクにしろ、テーブルに置かれた小物類にしろ、非の打ちどころがないほど洗練されているというのに、その誰もが「私を見ないで」という雰囲気をからだから発散させていた。(43〜44頁)

 別に自分はおしゃれでもなんでもないが、本を読みながらよく喫茶店で一人の世界に入っていることがある。「私を見ないで」というよりも「周りに誰かいたの?」みたいな感じで。よく街なかでの人間ウォッチングは面白いと言われるけれど、自分はそういうことはほとんどしたことがない。ひょっとしたら自分も知らず知らずのうちに「スタバ男」になっているのかも知れない。