辻仁成『白仏』書評

白仏 (文春文庫)

白仏 (文春文庫)

美しい小説だと思う。日本人が初めて、フランス6大文学賞の1つ、フェミナ賞の外国文学賞を受賞した小説。「自分のルーツを覗いてみたかった」(291頁)と著者が言うとおり、自分の祖父をモデルにして、祖父が辿った人生の歩みを優しいまなざしで描いている。

巻末でフランス著作事務所取締役のカンタン・コリーヌ氏が「現在ありがちな「ポストモダン」的な作品とは対照的に、たとえば井上靖の作品になぞらえることもできるような、物語を通して普遍的な疑問を読者に投げかけてゆくといった伝統性を備えているという点を評価している」と言っているのを読んで、なるほどと思った。『あすなろ物語』で出てくる穢れなき雪に感じるような美をこの小説の文体に感じた。

稔が白仏を作って、過去を生きた人々、現在を生きる人々、そして未来を生きる人々をつなごうとしたように、辻仁成もこの小説を通して祖父や大野島の人たちとつながりたいと思ったのだろう。井上ひさしが、書きつけることで宇宙最大の王「時間」に対抗できると言ったのも、そして高島俊男が、国語辞典は死滅語を削除すべきではないと言ったのも、時空を超えて過去や未来とつながりたいという強い思いがあったからだろう。人間にとって記憶とは何なのか、いつかは死ぬとわかっているのに、なぜそれでもなお生きていかねばならないのか。この小説には哲学的な問いがたくさん含まれている。