学者の誠実さ

行為と規範

行為と規範

学問に対する学者の誠実な姿勢を感じさせられた一節。黒田亘『行為と規範』より。

この講義を端緒とする私の考察が、一応の規模とまとまりを備えた学説として結実するのがいつのことになるか、その見通しすら明らかとはいえないのである。私はただ、読者あるいは聴講者の皆さんに、実践哲学を志すかぎり省略できない段階として自分自身に課している基礎的な思考の訓練を、一緒に経験していただきたいと願うだけである。したがって私は本論でも、既存の学説を並列的に紹介したり、足して二で割るような便宜的な解決を試みたりはしなかった。相当の根拠があると信じたときには自分の見解を率直に述べ、それに対する批判的な吟味や賛否の結論は読者諸氏に委ねている。それは、ここに表明された見解に対して私自身が、読者に希望したのと同じ態度で臨みたい、かりにも訂正や補足の労を惜しむことのないようにしたい、と考えているからである。