伊藤千尋『反米大陸』

反米大陸―中南米がアメリカにつきつけるNO! (集英社新書 420D)

反米大陸―中南米がアメリカにつきつけるNO! (集英社新書 420D)

アメリカの侵略を生き延びながら、冷戦後もしたたかに生きてきたキューバについて書かれた第5章が面白かった。本書を読めば、アメリカによる人権尊重・民主主義の拡大の提唱がとても虚しく聞こえるようになる。

アメリカの植民地になることを恐れたハワイの王が1881年に日本を訪れた際、日本の皇室にハワイの王室との縁組を申し出ていた。日本という国がここまで頼りにされていた時代もあったのだなあと感じた。

カラカウア王は、このままではハワイはアメリカの植民地になる、と不安を抱いた。そこで考えたのが、日本との連携だ。カラカウア王は、日本人もハワイ人も同じ太平洋の民だと考え、日本に強い親近感をもっていた。一八八一年、世界一周の航海では最初に日本に寄稿して、東京、大阪、京都や長崎を訪れ、二〇日近くを日本で過ごしている。日本側もまた、王を国賓として盛大に歓迎した。横浜に上陸した際、王自身が作詞した国歌を日本海軍の軍楽隊が奏で、王はうれし涙を流したと伝えられる。

このとき、カラカウア王は大胆な行動をとった。日本の皇室とハワイの王室との縁組を申し出たのである。カラカウア王は、アメリカ人の随行員に極秘のまま夜間、通訳だけを伴って明治天皇に、至急の会見を申し入れた。伝統的な日本文化への敬意を表し、ハワイが今やアメリカの抑圧の下に苦しんでいる状況を説明する。そのうえで、王位継承者に連なるカイウラニ王女と、山階宮定麿王との婚儀を申し入れた。カイウラニ王女の写真を見ると「絶世の」という形容がおかしくないほど、聡明そうな美人である。本人が同伴していれば、日本側の反応も少しは違ったかもしれないが、明治政府は王の申し出を断った。(72-73頁)

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