新堀聰『評価される博士・修士・卒業論文の書き方・考え方』書評

評価される博士・修士卒業論文の書き方・考え方

評価される博士・修士卒業論文の書き方・考え方

「論文」と名乗る資格のある文章群について、そのための実質的・形式的要件をわかりやすく解説しており、大変参考になった。アカデミズムの世界にいる人にとってはどれもだいたいはわかっていることだと思うが、系統立てて且つわかりやすく解説を加えている点は有益である。

まず、そもそも「論文」とは何かという定義から始まり、論文であるために必要なものを「先行研究業績の精査・分析」「そこから生まれる独自性・創造性」「学問の発展への寄与」としている。以上が論文の実質的要件となる。

先行研究の精査は以下の手順で行う。

①論文執筆のために集めた文献や論文の中から主要なものを選び出し、それらについては内容を暗記するくらい且つ批判的に精読する。

②それ以外の文献を、主要文献との違いに注意しながら「飛ばし読み」(skim)する。表現や用語の使い方の違いにも注意して読む。

③関連資料(統計、法規、判例など)と論文の内容を照合して、論文で書かれている事実関係や主張に矛盾や誤りがないかチェックする。(このプロセスを延々と繰り返す。)
(以上、42〜43頁)

さらに論文の形式的要件として、文献引用システムの重要性が、口が酸っぱくなるほど唱えられている。というのも、それが盗作問題を回避する最も有効な方法だと著者が確信しているからである(112頁)。また、きちんと引用注を記載したとしても、基本的に直接引用はできる限り避けるべきという著者の指摘は、特に自分の場合は注意を払うべきだろう(21〜22頁)。というのも、今までの書評でわかるとおり、結構長い引用を頻繁に使ってきたからである。もちろん学術的な論文であればもっと注意を払うのは当然である。ちなみに直接引用が止むを得ない場合とは、「他人の著作の文章・語句がドキッとするような、記憶に残る的確な表現である場合」と「あなたが他人の表現について意見を述べるために引用する場合」(47頁)のみである。自分の引用は圧倒的に前者が多い。

いくつかの有名な文献引用システムが、本書第5章でかなり詳しく紹介されている。言語学、文学、哲学などの人文科学に多いMLA(Modern Language Association)スタイル、社会科学に多いAPA(American Psychological Association)スタイル、歴史学、文学、哲学、芸術の分野に多いChicagoスタイル、法律関連の文献や論文で用いられるBluebook、そして自然科学で用いられているCBE(the Council of Biology Editors)スタイルが登場する。詳細は本書を参照してもらえばいいが、やはり自分が慣れ親しんでいるシステム以外のものにはどうしても違和感を覚えてしまうのは致し方ないのだろうか。例えば、頁数の前にp.やpp.を付けるものと付けないものがあるが、これは巻数や号数と混乱する可能性があるので、付けた方がいいと個人的には思う。それから、割注と脚注・後注では、個人的には割注の方が好きである。また、Ibid.はいいとして、op. cit.やloc. cit.は、最近はあまり使われなくなっているらしい。その代わりとしてBluebookの中で紹介されている「supra」はかなり便利であり、他の分野においても利用すべきだと思う。というのは、op. cit.だけだとそれより前のどこの注で出たものかが簡単にはわからないことが多いからである。特に注が膨大な数に上る場合はそうである。その点supraはその後に注番号も載せるのでどこの注で最初に出たのかが一目でわかる。また、書名や雑誌名を書く際に付すのは「下線かイタリックか」という問題についても、いろいろな考え方があって面白い(66頁)。

それから細かい点では、論文名で使う二重引用符(“ ”)は使った方が見やすいと思うのだが、社会科学に多いAPAスタイルではこれは使わないらしい。それから引用文献リストで使われる二種類のインデント、すなわち「ぶら下がりインデント(hanging indent、一行目は左のマージン一杯に記載するが、二行目からは5字分下げる)」(67頁)と「段落スタイル・インデント(paragraph-style indent、一行目を5字分下げて、インデントし、二行目からはインデントしない)」(83頁)では、ぶら下がりインデントの方が個人的には見やすいと思う。

まだこの他にも「下線の場合、ピリオドまで引くか、それともピリオドの前までか」とか「どこまでを大文字で表記するか」とか「注の中での各要素間の区切りはピリオドかコンマか」とかいった細かい違いもあって複雑である。実際には雑誌や大学によってそれぞれルールは違うと思うので、そのたびにいちいち参照しなくてはならない。最も重要なのは、一つの論文や本の中では常に一貫性を保つということである。

以上のような論文の必須要件に加えて、本書からはいろんな薀蓄を得ることができた。恥ずかしいことだが、今まで「課程博士」と「論文博士」の違いは本書を読むまでよく知らなかった(124頁)。それから、博論は学位を授与されてから1年以内に出版しなくてはならないというルールがあることも知らなかった(136頁、学位規則の第4章雑則の第9条)。他大学の授業を、60単位を超えない範囲内で履修できるということも知らなかった。60単位と言えば卒業単位数のほぼ半分に相当する。学部生の時にもっといろんな大学の授業を受けておくべきだっただろうか。

またこれは日本大学学位規程の中に書かれていることだが、博士論文を提出する際、論文審査手数料が20万円かかるというのは驚きであった(145頁)。(ただし、課程博士の場合は、退学後1年以内に論文を提出すれば、手数料は必要ない。)他の大学も同じなのであろうか。

知っていたこと、知らなかったことが混在していたが、久しぶりにアカデミズムの細かいルールに触れて、不思議なことに元気が出た。自分が長いことやりたかったのもやはりこういうことなのだろうと納得がいったからである。いよいよ来学期は(生涯二つ目の)修士論文の執筆を迎える。本書で紹介されていた種々のルールを参考にして、まずは論文計画を作成してみようと思う。