レメニイ他『社会科学系大学院生のための研究の進め方』書評

社会科学系大学院生のための研究の進め方―修士・博士論文を書くまえに

社会科学系大学院生のための研究の進め方―修士・博士論文を書くまえに

ビジネスを研究する学生向けの方法論入門書の抄訳。ビジネスに限らず社会科学全般に通用する内容だとの判断から、邦訳表題にはビジネスという言葉を入れなかったようだ(原書表題は Doing Research in Business and Management: An Introduction to Process and Method.)。この類の原書は欧米ではかなり充実していて、大学院においても方法論の授業がきちんと独立した単位としてカリキュラムの中に組み込まれている。しかも量的分析と質的分析(本書内では定量的分析、定性的分析と訳されている)が別々の授業になっている。訳者たちが「大学院向けの研究法テキストが少ない」(鄴頁)というのもあくまで邦語のことである。

日本語による方法論のテキストが少ないから、欧米で使われているテキストの翻訳をしようと考えるのはわからないでもない。しかし、英語で書かれた原書を読めばわかることだが、質的分析にしても統計学にしてもテキストは高校生でもわかるくらいの簡単な英語で書かれている。(例えば、こちらの授業で使ったテキストの Rossman & Rallis, Learning in the Field や Freedman, Pisani & Purves, Statistics を参照。)こうした方法論を必要とするのは専ら大学院生であり、そのレベルの学生であればこの程度の英語を読むのはさして苦痛にはならない。ましてや修論や博論を書くレベルの学生なら翻訳になど頼らないだろう。だから、この本を訳した小樽商科大学の先生方に言いたいのは、方法論のテキストの邦訳版を出す労力よりも、英語で書かれたものでいいから、そうしたテキストを授業の中でどんどん使って方法論の訓練を生徒たちにさせたり、きちんとカリキュラムの中に方法論の授業を必修単位として設置したりすることのほうが重要ではないのかということである。日本の大学院に在籍していた頃、このような方法論の授業は全くなかったし、個別に指導している先生も皆無であった。おそらく他の大学でも似たり寄ったりだろう。アメリカの大学院に来て、このような授業が日本にいた頃にもあればなあとどれほど思ったことか知れない。自分の知っている限りでは、方法論の優れたテキストを邦語で出しているのは、山影進山本吉宣ら一部の東大教授のみである。

この抄訳自体にも不満はある。決してわかりやすいとはいえない訳文は措くとして、入門書という位置づけの本書において、後半で統計学の専門用語が詳しい説明もなしにどんどん出てくるのはどういったわけなのだろう。数式や記号をきちんと説明する文章もない。原典を確認してないから何とも言えないが、欧米で使われているものでこんな不親切なテキストを自分は知らないので、おそらく用語の詳細な説明の部分などはほとんど省かれたのではないかと憶測している。(原書のテキストは大体が500ページ近くかそれ以上ある分厚い本である。ちなみに本書は154ページで、原典は320ページあるようだ。)最初からその手の専門用語に通じている学生ならいいだろうが、そもそも通じてる学生なら本書のような本は読む必要がないだろう。

前半部分の研究のプロセスについての部分や、ケース・スタディについての詳細な説明は大変参考になったが、全体として(あくまで翻訳のほうに関してだが)本書は方法論のテキストとしては薦められない。もっとわかりやすい原書のテキストは数え切れないほどある。