「出て行け。ここは邪悪な土地だ」(映画『ニュー・シネマ・パラダイス』より)

教養の書

戸田山和久『教養の書』筑摩書房、2020年より。

 

ジュゼッペ・トルナーレ監督のイタリア映画『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年)だ。(中略)第二次大戦が終わったばかりのシチリア島の寒村が舞台だ。村人の唯一の娯楽は教会を兼ねた映画館。父親が出征したきり帰ってこないトト少年も映画に魅了され、そこに入り浸っている。やがて、トトは映写技師のアルフレードと心を通わせ、見よう見まねで映写機の操作を覚えてしまう。やがて、その映画館は火事で燃え、アルフレードは視力を失ってしまうが、トトが再建された新しい映画館「新パラダイス座(Nuovo Cinema Paradiso)」の映写技師として働くようになる。で、いろいろありまして(ここは感興を削ぐので書かない)……。青年期にさしかかったトトに、アルフレードは次のように言って聞かせる。「出て行け。ここは邪悪な土地だ。ここにいるかぎり、自分は世界の中心にいると感じてしまう。何ひとつ変わりはしないと思ってしまう」。そして、二度と帰ってくるなと命じる。

 お前はこんなところで埋もれてしまうにはもったいない、ということだね。それをよーく理解したので、トトはアルフレードの忠告に従い、ローマに旅立つ。さあ、トトくんはどうなるでしょう。……観てみたくなるでしょ(絶対泣くぜ)。「島に留まれ、ここはパラダイスだぞ」と言うクリストフと、「島から出て行け、おまえの勤めるパラダイス(映画館)は本当のパラダイスではない。みんなパラダイスの幻影(映画)を見ているだけだ」と言うアルフレードは、じつに好対照だね。(pp.387-388)

 

 残念ながら、少年にアルフレードのように言ってあげられる大人はすごく少ないのが現実だ。親も地域社会も。地元の大学に行きなさい。地元で就職しなさい。地元の人と結婚しなさい。そしてお墓の面倒をみなさい、と言う。大学にすらそういう教員がいる。いま大学は学生に海外留学しなさいとうるさく言う。でも、帰ってくるなとは決して言わない。私の大学でやっている或るプログラムは、卒業生の多くが海外の有名大学院に進学する。わずかだけど、それを問題視する教員がいるのだ。どうしてうちの大学院に来てくれない学生を手間暇かけて教育するんだ、ってさ。研究室の戦力にならない者は教育してやる必要はないと思っているのだろう。アルフレードの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。(p.388)