変わる公共図書館

変わる公共図書館 ―― いかに利用者のニーズを満たしていくか

 いま公共図書館は変わりつつある。―― ほとんどの自治体は今、苦しい財政事情を理由に年々図書館サービスのための予算を削減している。そうした状況に危機感を感じた図書館は、利用者の利用を待つだけの受身的な姿勢ではなく、図書館のほうから積極的に情報発信しようとさまざまな新しいサービスの提供に取り組んでいるのだ。中でも注目を集めているのが、ビジネス支援サービス、法律情報や医療・健康情報の提供サービス、市民活動支援サービスである。

 これまでの公共図書館は、ふだんあまり利用しない人にとってはなじみの薄い存在だった。図書館スタッフたちはそうした従来の図書館イメージを変えようと日々頑張っている。利用者に図書館をもっと身近に感じてもらうために、いま公共図書館はどんな努力をしているのか。最新の取り組みをレポートする。


ビジネス情報・法律情報・医療情報の提供、市民活動支援サービス―― 都立中央図書館、神奈川県立図書館

 一般に認知度はまだ高くないが、都立中央図書館や神奈川県立図書館ではビジネスに必要な情報を提供するサービスを行っている。これまでは、利益を求めるビジネスと公共施設である図書館とのつながりはイメージしにくかったが、経営や起業に必要な情報の提供という形で徐々につながりを強めている。また、実際に図書館にビジネス情報を求めてやってきた利用者に司書が対応できるよう、定期的にビジネス・レファレンスの研修会を催して、司書のレファレンス能力のレベルアップを図っている。

 神奈川県立図書館・調査閲覧課長の齋藤久実子さんは、「神奈川県立図書館では、医療情報の提供はまだ弱いが、ビジネス支援と法律情報の提供には力を入れている」という。実際、神奈川県立図書館のビジネス支援と法律情報の提供サービスは定評が高く、取材当日も多くの企業人らしき利用者がビジネス情報コーナーで調べ物をしているのを目にした。

 さらに、病院で治療を受ける際のセカンド・オピニオンや健康についての関心の高まりを受けて、図書館では医療・健康情報に対する需要も増えている。特に自分と同じ病気を経験した人の体験談を読みたいという声は多く、都立中央図書館では「闘病記文庫」と名づけて、病名ごとに分類された闘病記専用棚のコーナーを設けている。

 情報の多様化に応じて、図書館利用者の情報に対するニーズも多様化している。都立中央図書館・情報サービス課の高橋美矢子さんは「一つの専門分野に通じていてもダメで、どんな質問をされても対応できないといけない」という。利用者に「図書館は本当に使える場所」だと思ってもらうには、資料の充実と司書のレファレンス能力が決定的な要素となっている。

 いま図書館は「そこへ行けばどんな疑問も解消する」と利用者に思ってもらえるような図書館をめざし、そのために利用者のニーズに敏感に反応しているのである。


貸出冊数日本一を誇る地域密着型の図書館 ―― 浦安市立中央図書館

 もちろん、公共図書館が新たなサービスに取り組んでいるからといって、従来の図書館サービスが疎かになってしまったわけではない。資料の提供が図書館の中核的なサービスであることには変わりない。しかし、財政状況が苦しい中、従来のサービスを維持することも容易なことではない。「図書館の基本に帰る」をモットーに、図書館本来のサービスを充実させている地域密着型の図書館が近年注目を集めている。貸出冊数が日本一を誇る、浦安市立中央図書館だ。

 浦安市立中央図書館館長の森田正己さんは、貸出冊数が日本一の要因は何だと思うかとの問いに「あくまで市民のニーズに従ってきたことが大きい」と答える。都道府県立の図書館のようにビジネス情報や法律情報の提供も行っているが、浦安図書館のような地域密着型の図書館では「それはあくまで市民の要望に応じたレファレンス・サービスの一環で、それを事業として特化することはしていない」という。森田さんは「あくまで市民のため」とくりかえす。資料の保存という重要な役割を担っている都道府県立の図書館とは異なり、市区町村立の図書館は、より市民に近い立場でサービスを行うという役割分担が成立している。

 そうした浦安図書館の取り組みを、市民は実際にどのように感じているのだろうか。今年浦安図書館は創立25周年を迎えたが、創立10年から活動を開始して今年で15年目になる「浦安市図書館友の会」会長の服部アキさんにお話をうかがった。

 図書館創立10周年を迎えた15年前、服部さんをはじめ「友の会」の活動に草創期から参加しているメンバーは姉妹都市フロリダ州オーランドへ公共図書館の視察に行っている。そこでアメリカの公共図書館が市民に提供しているサービスに感銘を受け、帰国後に「友の会」が結成されたという。それ以来「友の会」は、一般利用者のニーズと図書館との間をつなぐ橋渡しとしての役割を担い続けてきた。活動内容は主に毎月1度「友の会デー」を開き、図書館業務を身近に感じてもらうための図書館探検、親睦会、文学散歩、大学図書館の見学などを催している。また、ニューズレターの発行や浦安市文学賞のイベントの手伝いなどもしている。

 図書館を利用することで実際にどのような問題を解決してきたかとの問いには、「私たちがこんなサービスがあればいいなと思った時は、すでに図書館がそのようなサービスを始めているんです」と服部さんはいう。浦安図書館がいかに市民の目線でニーズを敏感に読み取ろうとしてきたかが、服部さんの言葉からわかる。

浦安市民にもっと読書のすばらしさを広めていきたい」と服部さんはいう。浦安図書館が利用者から「毎日でも行きたくなる図書館」と思われているのは、こうした「友の会」のような市民の地道な活動によるサポートがあるからだろう。


外部団体との協力・連携を模索する公共図書館 ―― 各図書館の事例

 図書館に対する要望が多様化する中、図書館単独では対応できないサービスも増えている。そのようなニーズに対応するため、図書館は外部の団体と連携してさまざまなイベントの開催に取り組んでいる。

 都立中央図書館では、東京看護協会と協力して、定期的に「まちの保健室」を開催している。これは図書館内の場を使って看護師が健康相談に乗ってくれるもので、日ごろ自分が感じている病気や健康についての疑問を看護師に聞いてもらうことができ、看護師は懇切丁寧に健康のためのアドバイスもしてくれる。また、その際に「もっと詳しく知りたい」と感じた利用者に対して、図書館司書がレファレンス相談や展示会を通して資料の紹介を行うという連携態勢を整えている。

 浦安市立中央図書館では、森田館長の肝いりで館内に「お弁当持込可」の喫茶店「ひだまりカフェ」が設けられた。この喫茶店を運営しているのは、障害者就労支援の活動をしているNPO法人タオである。タオ理事長の西田俊光さんにお話をうかがった。

 NPO法人タオは、障害者支援のために9つの市民団体が協力して設立されたNPOである。現在のスタッフは40名。浦安図書館内の喫茶店「ひだまりカフェ」の運営の他に、障害者就労支援のためのIT講習や面接・マナー講習、タオ工房でのパン焼きなどさまざまな活動を活発に展開している。平成20年の4月からは浦安市から受託して、「障がい者就労支援センター」を運営している。

 西田さんによれば、公共施設での障害者支援活動の公募は現浦安市長の方針で平成13年から始まり、その一環として運営団体を公募していた「ひだまりカフェ」に応募したのが始まりだったという。

 図書館はそれ以外の活動の場とは異なり、基本的に静かにしていなくてはならない場所なので、声が大きくなったり体の動きで大きな音を立ててしまいがちな障害者の方たちと図書館利用者の間で、慣れるまでは緊張感があったという。最初は食べ物の販売もできなかったので、経営的にはかなり苦しかったようだ。西田さんは「図書館という場に障害者の人たちが自然に融け込んでいればよい。一般の人たちの中に障害者の人たちがいるのが何の違和感もない雰囲気がベスト」という。これまで連想されにくかった図書館と喫茶店のつながりが、浦安市における障害者の社会参加の重要な窓口として機能していると言えるだろう。


図書館に関わる人たちの多様化

 以上に見てきたすべての公共図書館において、さまざまな形で図書館に関わる人たちの多様化が起こっている。「図書館にこんなのがあればいい」という利用者のニーズの視点から、できるところからどんどん新たな取り組みが始まっている。そして図書館に関わるそうした多様なアクターは、同時に図書館サービスの利用者でもあるのだ。利用者のためのサービス提供を通して、自身も図書館サービスをさらに利用するようになる。図書館という場をきっかけにして、そこから新たなコミュニティが生まれる可能性も大きい。

 図書館が「市民の課題解決の場」として機能するうえで重要な3つの点は、(1)利用者の視点を敏感に察知して採り入れること、(2)図書館自身の情報発信能力の育成・強化、(3)図書館だけでは限界のあることを実現するために、外部団体との協力・連携を積極的に模索すること、であろう。利用者が毎年増加しつづけている公共図書館ではこの3点が着実に実行に移され、それが地域社会の課題解決と活性化に寄与していると言えるだろう。