英語ができないのは自分のせい

目にあまる英語バカ

日本の英語教育が正しい、とはいわない。だが、あなたね、そもそも「中高大と一〇年も習った」のに、というのが真っ赤なウソなのだ。というより、あまりにも人口に膾炙しすぎた錯覚なのである。ちょっと胸に手を当てて、考えてみて。あなた、ほんとうに「一〇年間」ちゃんと英語を勉強しましたか。毎日一時間でも二時間でもいい、一〇年やったですか。一年でもいい。やったですか。どこの人間だ、おれは。いやわずか半年でもいい。やっちゃおらんでしょうが。

英語ができないのは教育が悪いからだ、と責任転嫁してもなにもならない。はっきりいっておくが、英語ができないのは自分のせいである。できる人間は自分で勉強したのである。英語教育が影響ないとはいわない。教師によって科目に興味が持てなくなる、ということもたしかにあろう。あるが、所詮、それもまた責任転嫁でしかない。嫌いな教師がいても、自分で勉強するという道が閉ざされたわけではないからである。ようするに、自分が勉強をしなかっただけである。そう自覚する以外にない。先生が悪かろうと、教育がなってなかろうと、自分ができない責任をかれらがとってくれるわけではないからである。ただ自分に言い訳をしているだけだ。

勢古浩爾『目にあまる英語バカ』150〜151頁より)