David Campbell, Writing Security書評⑧

sunchan20042005-09-12

【Chapter 7. Rewriting Security】

冷戦が終結して「脅威の言説」は新たな脅威の対象を探し始めた。無秩序や不確実性に満ちた冷戦後の世界は、脅威になり得る対象には事欠かなかった(171頁)。その中でもとりわけ大きな注目を集めたのは、麻薬であった。レーガン政権においてすでに麻薬は国家安全保障に対する深刻な脅威として認識されていたが、公式に「麻薬との戦争」を宣言したのはブッシュ(父)政権であった(172頁)。麻薬の使用や密輸との戦いには長い歴史がアメリカには存在しているが、この戦いに対してアメリカが80年代後半に注ぎ込んだ情熱に匹敵する前例は存在しない(173頁)。

しかしながら、犯罪や中毒死との密接なつながりがほとんど疑われることのない麻薬についての言説は、実際には客観的なデータと一致していないことが本章で指摘されている(174〜178頁)。(「麻薬よりもアルコールのほうが殺人罪との関係性は強い」(177頁)、「アルコールやタバコなど合法的な薬物による死のほうが不法な薬物による死よりもはるかに多い」(176頁)など。)また、麻薬はスラム街やマイノリティと関連付けられて論じられることが多いが、現実には麻薬使用者の85%が仕事を持っている人、学生、主婦のいずれかであると報告されている(175頁)。にもかかわらず、麻薬中毒者は「その前からすでに脅威と見なされていた外国人集団や国内のマイノリティ」(180頁)と同一視され、麻薬の脅威は外からやってくるものとして認識されるようになった。すなわち、麻薬をめぐる「脅威の言説」は、幾重にも重なった虚構の上に成り立っているのである。冷戦初期に共産主義を対象として行われたように、冷戦後は麻薬が国境や主権を損なわせるものとして認識され、そうした脅威認識を通して彼我の間にアイデンティティを強化する人為的な「倫理的境界線」(185頁)が引かれていった。

この章は前章の続編として、脅威の言説の「書き換え」(rewriting)を麻薬という具体的な事例を用いて説明したものである。恣意的に構成された二分法(内部/外部、優/劣、健康的/病的など)の曖昧化を食い止め、その「排除」の作業を通じて自身のアイデンティティを(再)構成していく。

いよいよ次章の8章と次々章のエピローグで、このアイデンティティ論の理論的意義と展望が語られる。内容は難解であるが、理解できた範囲で整理してみようと思う。