池田清彦『他人と深く関わらずに生きるには』書評

他人と深く関わらずに生きるには

他人と深く関わらずに生きるには

生物学者がなんでこんな本を?」とか、「こんなものを書いてる暇があったら研究しろ」とか、そういう野暮なことは言うまい。人が何に関心を持とうと勝手である。残念ながらあまり読む価値があるとは思えない本書でも、論理は一貫しているし(ほとんどは身も蓋もない論理だが)、部分的には同意できる箇所もある。「他人に自分の心の中にずかずかと侵入されたくない人は、自分も他人に甘えてはいけないのである」(19頁)というのはその通りだと思う。


でも、著者が本書で繰り返し説くような、いわば「自由至上主義」は、著者も認めているとおり「自己決定、自己責任が機能するためには、国民は相応に賢くなければならない」(160頁)という条件が満たされて成立するもののはず。しかし、「国民は相応に賢い」わけはないので、それは無理というものだろう。


「他人と深く関わらずに生きるには」というタイトルの本を書いている人が、国民とか消費者とか親とか、得体の知れないものの賢明さを前提に議論するのはおかしいと思う。自分には西部邁の『大衆の病理』や小谷野敦の『すばらしき愚民社会』で書かれている大衆像のほうがしっくりくる。