図書館のレファレンス・サービス

図書館関連の本をいくつか読んでいると、日本の図書館司書は欧米と比べてどうも軽く見られているようだ。

欧米諸国の図書館などで論文を書いたりリサーチをしたりした経験のある人たちから、いかに欧米の図書館司書が優秀か、彼らの存在なくては充実したリサーチや研究は不可能だった、などという話をよく聞く。本当は日本の司書にも優秀な人たちはたくさんいるはずなのに、それがきちんと認知されていないというのが実情のようだ。その証拠に、日本における司書の数はどんどん減っているし、2000年の図書館法改正で、今では図書館長は司書の資格を持っていなくともよいということになっている。

大学の図書館でも、学生たちはOPACやネットなどを使うのに順番待ちすることはあるが、司書のカウンターのほうはガラガラである。だいたいの大学生の調べ物というのは、キーワード検索してそれでヒットした多くの本の中から関係のありそうなものを選んで、それらの本をところどころつまみ食いしてレポートを書いて終わりである。それで単位をもらえるのだから、彼らにとってはそれで十分なのかも知れないが、そのようなリサーチばかり続けていると、いつまで経っても全体像が見えてこないままになる恐れがある。そもそも、キーワード検索をする時点で、そのキーワードに個々人のバイアスがかかっているのである。

司書は研究者ではない。情報探索のプロである。だから、あるトピックについて調べたいと思った時、彼らに相談すればその情報に至るまでの経路を複数紹介してくれる。それがいわゆる「レファレンス・サービス」だ。大学図書館を利用する大学生にしろ公共図書館を利用する一般市民にしろ、もっと司書を活用すべきである。本当のリサーチとはこういうものだということを、実際に経験すべきである。

そもそも日本では、司書の存在自体がよく知られていない。大学で必要とされる履修単位が少ないというのもあるようだが、世間一般には「簡単に取れる資格」というイメージが強い。もっと司書の側から積極的にアピールしないといけないと思う。

そこで読んだのが本書。前半の第一部は建前論だが、後半の第二部は実際に司書が図書館利用者からされたレファレンスの質問の事例集になっていて、これが非常に面白い。それにしても、突拍子もない質問をしてくる人がたくさんいるものだなあという印象を受けた。全部で50例紹介されているが、例えば以下のような質問である。

1.東京にある「信濃町」は、何か長野県と関係があるのですか?地名の由来を知りたい。
2.赤穂浪士の全員の名前の読みと、当時の役職・知行を知りたい。
3.REOスピードワゴンというロックグループに関しての雑誌記事を探している。
4.よく時代劇で使われるセリフ「持病のしゃく」とはどんな病気なの?
5.長崎の出島のオランダ商館には、どんな商館長がいたのですか?全員のリストのようなものはないですか?
6.妹尾河童さんの奥さんが書いた本を読んでみたい。どうもエッセイストらしい。
7.岩手県にある小岩井農場の名前は、創設者の名にちなんでつけたらしいが、それは誰ですか?
8.2100年と2101年のカレンダーを見たい。
9.森高千里が『ロックンロール県庁所在地』で歌っている宇都宮のあとの「しもつかれ」ってどんな食べ物なんですか?
10.「1年のうちに春が2度来た」という意味の和歌を探している。有名な和歌らしいのだが、作者・全句・歌集名を知りたい。
11.山口県の大津郡にあるらしい「いがみ小学校」と「むかつく小学校」とはどんな漢字なのですか?
12.胃カメラを開発したお医者さんをモデルにした小説はこの図書館にありますか?
13.別府湾付近でとれるカレイは特別な名前で呼ばれるらしい。なんて名前?美味だそうです。
14.戦争中に、召集令状の「赤紙」の他に「白紙」というのがあって、庶民は恐れていたらしい。「白紙」って何?
15.都道府県の県花・県鳥・県木・県章・県章の由来がわかる資料を探しているのですが。
16.ミュージカル「キャッツ」の原作は何ですか?翻訳されていたら読みたい。
17.秀吉だか誰だかが言ったという「人の一生は重い荷物を背負って歩くが如し〜」とかの全文はわかる?
18.松井秀喜選手の高校時代の雑誌記事を探している。リストのようなものはないのか。
19.現職のアメリカの州知事が一覧できる資料はあるだろうか。
20.日本の船の名前は、なぜ「○○丸」と丸の字がつくのですか?
21.三浦半島の海岸の、お昼ごろから午後3時ごろまでの潮の状態を知りたい。
22.東海道中膝栗毛のコンビ弥次さん喜多さんの孫たちがロンドンへ行く珍道中記があるらしい。読んでみたいのだが。
23.「弘法も筆のあやまり」ということわざがあるが、じゃあ空海さんはどの字を間違えたのですか?
24.日光の華厳の滝で投身自殺した藤村操が、木に削って遺した漢詩の全文を見たい。
25.奈良の大仏さまの頭のボツボツは何というんですか?いくつあるんですか?

質問される司書さんも大変だが、そこはプロの腕の見せ所である。こうして司書は、市民の素朴な疑問を丁寧に解決してあげる(または解決の道筋を示してくれる)人たちなのである。(上の質問の答えが知りたい人は直接本書をあたって下さい。)

大学生を始めとして最近の調べ物をする人たちは、まっさきにインターネットに頼ることがほとんどである。しかしネット上にある情報の正確さや正当性は誰も証明してくれない。「ウィキペディアはどこまで信用できるか?」というテーマで過去に論争があったようだが、もし仮に誰かに「ウィキペディアがどこまで信用できるか調べてほしい」と言われたらどうするだろうか?やっぱりウィキペディアに聞いてみるだろうか。それは「あの人が信用できる人かどうか調べてほしい」と言われて、その本人に「あなたは信用できる人ですか?」と尋ねるのと同じことである。(梅田望夫ウェブ進化論』やその他多くの本ではウィキペディアのような「多数による作品」は肯定的にとらえられている。『「みんなの意見」は案外正しい』という本もある。)

インターネットは確かに便利だが、100%それに依存したリサーチは信憑性が低く、またそのことに当のリサーチする人が気づかないままでいる可能性が高い。日頃の自分の情報探索スキルが貧しいものになっていないかどうか、頻繁に点検してみるべきだと思う。