星の王子さま

星の王子さま (新潮文庫)

星の王子さま (新潮文庫)

星の王子さま』(新潮文庫)を懐かしく読み返してみた。一番印象的だったのは、王子さまの以下のセリフ。

「ぼくはあの花に責任があるんだ!それにあの花、ほんとうに弱いんだもの!ものも知らないし、世界から身を守るのに、なんの役にも立たない四つのトゲしか持ってないし……」(137〜139頁)

そして、王子さまが自分の星を出て行こうとするシーンも印象的だった。

小さな王子さまは、ちょっぴりさびしい気分になりながら、はえてきたばかりのバオバブの芽も抜いた。ここへはもう、二度と戻ってくるつもりはなかった。でもこの朝は、こうしたいつもの仕事が、いやに心にしみたのだ。そうして、花に最後の水をやり、ガラスのおおいをかけてやろうとしたときには、思わず泣きたくなっているのに気がついた。

「さようなら」王子さまは花に言った。花は答えなかった。
「さようなら」もう一度言った。花は咳をした。でも風邪のせいではなかった。
「わたし、ばかだった」とうとう花が言った。
「ごめんなさい。幸せになってね」
ひとことも責められなかったので、王子さまは驚いた。そしてその場に立ちつくした。すっかりとまどい、ガラスのおおいも宙ぶらりんになった。このおだやかな静けさの意味が、わからなかった。
「そうよ、わたし、あなたを愛してる」花が言った。「知らなかったでしょう、あなた。わたしのせいね。どうでもいいけど。でも、あなたもわたしと同じぐらい、ばかだった。幸せになってね・・・・・・そのおおいは置いといて。もう、いいの」
「でも風が・・・・・・」
「風はたいしたことないわ・・・・・・ひんやりした夜風はからだにいいし。わたし、花だもの」
「でも獣が・・・・・・」
「蝶々とお友だちになりたかったら、毛虫の二匹や三匹がまんしなくちゃね。とってもきれいなんでしょう。だってほかに誰が訪ねてきてくれるかしら? あなたは遠くへ行っちゃうし。大きな獣も、ぜんぜんこわくない。わたしにだって、爪があるわ」
花は無邪気に、四つのトゲを見せた。そうして言いたした。
「さあ、いつまでもぐずぐずしないで。いらいらするから。行くって決めたのなら、もう行って」
でもそれは、泣くのを王子さまに見られたくなかったからなのだ。ほんとうに、プライドの高い花だった・・・・・・
(46〜50頁)

大切なものを喪失する瞬間になって、自分の愚かさを知る。

酒びたりの男が住んでいる星での会話。

「そこでなにをしてるの?」王子さまは、酒びたりの男に聞いた。男はからになった瓶と酒の入った瓶を、それぞれずらりと並べて、その前でなにも言わずにすわっていた。
「飲んでるんだ」暗い面持ちで、酒びたりの男は答えた。
「どうして飲んでるの?」王子さまがたずねた。
「忘れるため」男が答えた。
「忘れるって、なにを?」なんだかかわいそうになってきて、王子さまは聞いた。
「恥じているのを忘れるため」男はうつむいて、打ち明けた。
「なにを恥じているの?」救ってあげたいと思って、王子さまはたずねた。
「飲むことを恥じている!」酒びたりの男はそう言うと、沈黙のなかに、完全に閉じこもった。
王子さまは、どうしたらいいのかわからなくなって、その星をあとにした。
<おとなって、やっぱりすごく変だ>旅を続けながら、王子さまは、思った。
(63〜64頁)

どこかの大統領が言っていた、「戦争を終わらせるための戦争」に似た矛盾。
でも大人たちは大まじめでその矛盾に日々せっせと携わっている。

星の数を数え続けている「有能な実業家」に対して王子さまが言うセリフ。

「ぼくは」ふたたび王子さまは言った。「花の持ち主だったから、毎日水をやっていた。三つの火山の持ち主だったから、毎週煤のそうじをしていた。火の消えたのも、そうじしていた。用心にこしたことはないものね。だから火山にとっても花にとっても、ぼくが持ち主で、役に立っていた。でもあなたは、星の役には立っていない・・・・・・」
実業家は口を開いたが、返すことばが見つからなかった。そこで王子さまは、その星をあとにした。
<おとなってやっぱり、まったくどうかしてるな>王子さまは、旅を続けながら、すなおにそう思った。
(70〜71頁)

「それって本質的なことなの?」という王子さまの問いかけが、読んでる人にも跳ね返ってくる。

1分ごとにガス灯をつけたり消したりしている点灯人と出会ったあとの王子さまの言葉。

<あの人は>と王子さまは、また旅を続けながら思った。<ほかのどの人にも、見くだされるんだろうな。王さまにも、大物気どりにも、酒びたりにも、実業家にも。でもぼくには、ばかげて見えないのはあの人だけだ。それはきっとあの人が、自分自身以外のことをいっしょうけんめいやっているからだろう>
(76頁)

やっぱり読む人に跳ね返ってくる言葉。

地球でキツネに出会ったあと、五千本の庭に咲くバラに対して王子さまが言う言葉。

「きみたちは美しい。でも外見だけで、中身はからっぽだね」王子さまはさらに言った。
「きみたちのためには死ねない。もちろんぼくのバラだって、通りすがりの人が見れば、きみたちと同じだと思うだろう。でもあのバラだけ、彼女だけが、きみたちぜんぶよりもたいせつだ。ぼくが水をやったのは、あのバラだもの。ガラスのおおいをかけてやったのも、あのバラだもの。ついたてで守ってやったのも、毛虫を(蝶々になるのを待つために二、三匹残した以外)やっつけてやったのも。文句を言ったり自慢したり、ときどきは黙りこんだりするのにまで、耳をかたむけてやったのも。だって彼女は、ぼくのバラだもの」
(107〜108頁)

そして去り際、キツネが王子さまに言う言葉。

「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ」
「ぼくが、バラのために費やした時間・・・・・・」忘れないでいるために、王子さまはくり返した。
「人間たちは、こういう真理を忘れてしまった」キツネは言った。「でも、きみは忘れちゃいけない。きみは、なつかせたもの、絆を結んだものには、永遠に責任を持つんだ。きみは、きみのバラに、責任がある・・・・・・」
「ぼくは、ぼくのバラに、責任がある・・・・・・」忘れないでいるために、王子さまはくり返した。
(108〜109頁)

そして『星の王子さま』最後のページの筆者の言葉。

ここにこそ、おおいなる神秘がある。小さな王子さまが大好きなきみたちにとっても、僕にとっても、誰も知らないどこかで、僕らの知らないヒツジが、バラを一輪食べたか食べないかで、世界のなにもかもが、これまでとはすっかり変わってしまうのだから・・・・・・
空を見上げてみてほしい。そしてこうたずねてみてほしい。<あのヒツジはあの花を、食べたかな、食べてないかな?>するとなにもかもが変わって見えるのが、きみたちにもわかるだろう・・・・・・
でもそれがどんなに大事なことか、おとなには、ぜんぜんわからないだろう!
(142〜143頁)

筆者は大人の認識に絶望している。でも、多くの大切なものを無駄にしたり失ったりしてきた大人だからこそ、悲しみから新しいものを生み出す気力が生じてくるとは考えられないのだろうか。