内田樹「消費者マインドの弊害」

内田樹「消費者マインドの弊害」(朝日新聞4月8日朝刊・朝日求人欄)より。

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最も少ない努力と引き換えに、最も高い報酬を提供してくれる職種、それを今の人たちは「適職」と呼びます。就職活動をする若者たちは適職の発見に必死です。でも、それは消費者マインドがもたらした考え方に他なりません。

「賢い消費者」とは、最少の貨幣で、価値ある商品を手に入れることのできた者のことを言います。「賢い消費者になること」、それが今の子どもたちの全てのふるまいを支配しています。

学校がそうです。消費者的基準からすれば、最低の学習努力で最高の学歴を手に入れたものがいちばん「賢い学生」だということになります。だから、合格ぎりぎりの60点を狙ってくる。出席日数の3分の2が必須なら、きっかり3分の1休むようにスケジュールを調整する。60点で合格できる教科で70点を取ることは、100円で買える商品に200円払うような無駄なことだと思っている。本当に学生たちはそう信じているんです。

(中略)

だから、「大学では何も勉強しませんでした」と誇らしげに語る若者は、最低の学習努力で高値のつく学位記を手に入れた、己の力業に対する人々からの称賛を期待しているのです。

労働についても、彼らは同じ原則を適用します。「特技や適性を生かした職業に就きたい」というのは、言い換えれば、「最小限の努力で最高の評価を受けるような仕事をしたい」ということです。すでに自分が持っている能力や知識を高い交換比率で換金したい、と。そういう人は、自分が労働を通じて変化し成熟するということを考えていません。でも、「その仕事を通じて成長し、別人になる」ということを求めない人のためのキャリアパスは存在しないのです。(談)