「良き反面教師」としての太平洋戦争
保阪正康『あの戦争は何だったのか:大人のための歴史教科書』新潮新書、2005年より
(下線は引用者)
「あの戦争では「一億総特攻」とか「国民の血の最後の一滴まで戦う」などといったスローガンが指導者によって叫ばれた。馬鹿なことを言いなさんな、この国の人びとをそんな無責任な言辞を弄して駆りたてる権利は、「歴史上」はあなたたちに与えられていないと、私は言いたいのだ。いやあれは士気を鼓舞するため、と言うのなら、そんなことでしか士気を鼓舞できないなら、それは自身の歴史観の貧困さを語っているだけではないか。」(p.240)
「太平洋戦争を正邪で見るのではなく、この戦争のプロセスにひそんでいるこの国の体質を問い、私たちの社会観、人生観の不透明な部分に切りこんでみようというのが本書を著した理由である。あの戦争のなかに、私たちの国に欠けているものの何かがそのまま凝縮されている。そのことを見つめてみたいと私は思っているのだ。その何かは戦争というプロジェクトだけではなく、戦後社会にあっても見られるだけでなく、今なお現実の姿として指摘できるのではないか。
戦略、つまり思想や理念といった土台はあまり考えずに、戦術のみにひたすら走っていく。対症療法にこだわり、ほころびにつぎをあてるだけの対応策に入りこんでいく。現実を冷静にみないで、願望や期待をすぐに事実に置きかえてしまう。太平洋戦争は今なお私たちにとって“良き反面教師”なのである。」(pp.240-241)