スウェーデン型福祉国家は理想なのか?(上野千鶴子)

ナショナリズムとジェンダー

上野千鶴子ナショナリズムジェンダー青土社、1998年より。

 

「最近の報道によれば(『朝日新聞』1997.8.26)スウェーデン政府は、一九三五-七六年にかけて「劣った人」「多産の独身女性」「異常者」「ジプシー」など六万人の人々に、断種法にもとづいて強制不妊手術をおこなっていたことが判明。理由は「国民がより健康になれば、社会保障の必要な人々がそれだけ少なくなる」という「経済上の理由」だというが、「福祉国家」が、「生殖管理国家」であることが、これ以上なくはっきり示された、といえよう。なおこの断種法は七六年に廃止されたというが、七〇年代からのスウェーデンの手厚い母性保護政策および家族政策は、人口転換(再生産率が人口置換水準以下になる)後の出生率低下が直接のひきがねであり、これも人口政策の一環と考えることができる。出生率低下に対しては手厚い出産奨励策をとる国家が、過剰人口に対しては出産抑制策をとることは容易に想像できる。スウェーデン福祉国家を理想視する人々にとってこの報道は「ショック」と受けとめられたが、福祉国家を「管理国家」のヴァージョンと見なすわたしの立場からは、これは驚くべきことでもなんでもない」(pp.26-27脚注)