「殺人者の魂は盲目」(カミュ『ペスト』より)

ペスト (新潮文庫)

カミュ『ペスト』新潮文庫、1969年より。

 

本棚に眠っていたこの本を手に取ったのは何十年ぶりだろう。ウィルスで世間の目が血走っている時だからこそ思い出したのかも知れない。

※太字による強調は引用者

美しい行為に過大の重要さを認めることは、結局、間接の力強い讃辞を悪にささげることになると、信じたいのである。なぜなら、そうなると、美しい行為がそれほどの価値をもつのは、それがまれであり、そして悪意と冷淡こそ人間の行為においてはるかに頻繁な原動力であるためにほかならぬと推定することも許される。かかることは、筆者の与しえない思想である。(p.155)

 

世間に存在する悪は、ほとんどつねに無知に由来するものであり、善き意志も、豊かな知識がなければ、悪意と同じくらい多くの被害を与えることがありうる。人間は邪悪であるよりもむしろ善良であり、そして真実のところ、そのことは問題ではない。しかし、彼らは多少とも無知であり、そしてそれがすなわち美徳あるいは悪徳と呼ばれるところのものなのであって、最も救いようのない悪徳とは、みずからすべてを知っていると信じ、そこでみずから人を殺す権利を認めるような無知の、悪徳にほかならぬのである。殺人者の魂は盲目なのであり、ありうるかぎりの明識なくしては、真の善良さも美しい愛も存在しない。(pp.155-156)