パンデミック予防のための野生動物市場の規制の必要性(SARSとエボラの教訓)

フォーリン・アフェアーズ・リポート 2020年4月号

キャサリン・マッカラバ、ウィリアム・B・カレシュ「パンデミックの社会・経済コストーー予防とコスト分担の国際的仕組みを」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』(日本語版)2020年 No.4より。

 ※強調・下線は引用者

この2週間というもの、世界の株式市場は劇的な暴落を経験している。これはグローバル規模の経済エフェクトがかなり劇的であるとともに、一方では、それが一時的な現象に終わるかもしれないことを示唆している。実際、2002-2003年のSARS重症急性呼吸器症候群)危機の際にも株式市場は大きなダメージを受けたが、短期間で回復している。航空産業も同様だった。SARSのせいで各航空会社の東アジア路線は大きなダメージを受けたが、その後、短期間で立ち直り、2020年初頭まで、東アジア路線は成長を続けた。

だが、SARSと比べて、現在のコロナウイルスアウトブレイクをより破壊的にしている二つの要因がある。一つは、2003年当時と比べて、世界の製造業と観光市場に占める中国のシェアがはるかに大きくなっていること、もう一つはCOVID19ウイルスが、SARS以上に感染力が強く、国境線を越えて広く拡散していることだ。(p.60)

 

 西アフリカでエボラ出血熱(EVD)が流行すると、リベリア国内総生産GDP)成長率は2013-14年に8.7%から0.7%へと大きく落ち込んだ。シエラレオネも、隣国のギニアも同様に大きなGDP成長率の低下を経験した。西アフリカにおけるEVDによる犠牲者数(公式)は1万1300だが、HIV・AIDS、マラリア、肺炎患者の治療が後まわしにされた結果、これらの疾患で1万600人以上が命を落としている

 エボラ出血熱は、すでに大きな圧力にさらされていた西アフリカの医療部門を破綻させ、リベリアの医療関係者の規模は8%縮小し、現在にいたるまでこの人材ギャップは埋められていない。数カ月に及んだ学校閉鎖は教育を大きく混乱させ、子供たちが暴力や搾取の対象にされるようになった。性的暴力と意図せぬ10代の妊娠が急激に増えた。これらを含む、エボラの余波が引き起こしたコストの痛手を、今後数十年とは言わないまでも、数年にわたって西アフリカ地域は感じることになるだろう。(p.61)

 

この60年にわたって、人獣共通感染症のほとんどの病原体は、農業、食糧生産、土地利用の変化によって、あるいは、野生動物との接触によって発生してきた。これを抑え込むには、より力強く、効果的な予防戦略、つまり、ハイリスクの農業、食糧生産法をより安全なやり方へ移行させるために、土地利用に関する国内の法律・規制と国際的な法・ルールを強化し、調和させる戦略が必要になる。

 特に食糧供給システムは近代化を切実に必要としており、これは、世界のほとんどの地域について言えることだ。途上国を中心に数億の人々が、食糧を生きた野生動物市場に依存している。野生動物市場は、新型インフルエンザを含む新興感染症の発生源であり、SARSそして現在のコロナウイルスアウトブレイクにも密接に関わっている。食糧市場で取引される野生動物の数を少なくすれば、未来の感染症アウトブレイクのリスクを低下させることができる。(pp.61-62)

 

公衆衛生当局がCOVID19ウイルスの発生源を武漢の野生動物市場に特定した後に、中国政府は、この方向での有意義な措置をとった。2月24日、北京は(数多くの抜け穴と例外措置が含まれているとはいえ)野生動物の取引と消費を禁じた野生動物保護法を厳格化している。中国の野生動物産業は740億ドルの規模をもつとされ、新たな規制が導入されて規制が強化されれば、この産業に関わる業者が痛手を受けるのは避けられない。しかし、そうしたコストも、1960億ドルと試算されるコロナウイルスが冷え込ませた中国の観光産業や個人消費の低下が強いたコストとは、比べようもないほどに小さいはずだ。(p.62)

 

 病原体がコミュニティに入り込んでも、情報を提供すれば力強い防衛ラインを形成できる。感染症がどのように広がっていくかをより多くのコミュニティが理解すれば、より適切にアウトブレイクを監視し、対策をとれるようになる。

 西アフリカでは、医学的な介入にコミュニティが抵抗したために、専門家によるエボラ対策の実施が阻害された(これは、現地コミュニティの多くがアウトブレイク前に医療の専門家と交流した経験がほとんどなかったからだ)。信頼関係を築き、危険な誤解を回避するには、医療担当省と医療機関は大衆の教育と啓蒙を試み、感染者が出ているコミュニティのメンバーを疾病の管理プロセスに参加させなければならない。(p.63)