グローバル化と新興感染症

グローバル・コモンズ (シリーズ 日本の安全保障 第8巻)

押谷仁「感染症のグローバル・リスク」遠藤乾編『シリーズ日本の安全保障8 グローバル・コモンズ』岩波書店、2015年、pp.155-184より。

 

それまでどこにも存在しなかった病原体(ウイルスや細菌など)が突然出現するのではなく、通常はそれまで他の種に感染していた病原体がヒトの間に新たに出現することによって起こる。つまり、新興感染症の多くは動物からヒトに感染するようになったもので、このように動物からヒトに感染する感染症人獣共通感染症(zoonosis)と呼んでいる。エボラウイルスや、SARSの原因ウイルスであるSARSコロナウイルスの自然宿主はコウモリだと考えられており、コウモリから直接あるいは他の動物を介してヒトへの感染が起きたと考えられている。(p.157)

 

また、新型インフルエンザを起こすようなインフルエンザウイルスは、ニワトリなど家禽類やブタといった家畜からヒトに感染する場合が多い。そのため、野生動物や家畜を含む動物とヒトの接点に変化が起こると、新興感染症の出現のリスクも変わってくる。グローバル化に伴う経済発展により人口の爆発的な増加が起きたり、それまでほとんど人が入らなかったような熱帯雨林などの開発が進んだりすると、動物とヒトの接点に大きな変化が生じ新興感染症が出現するリスクの増大につながる可能性がある。(p.157)

 

さらに、特に新興国の経済発展によって人口増加のスピードよりもはるかに速いスピードで家畜の飼育数が増大しているということが挙げられる。しかもこれらの新興国では安全な家畜の飼育に必要な衛生環境が整っておらず、結果として不衛生な環境で非常に多くの家畜が飼育されている。このような畜産の課題も、新興感染症の出現リスクを増大させる要因となり得る。(p.157)

 

出現した新興感染症が拡散していくリスクについては、グローバル化の進展に伴う国境を越えるヒトの移動の飛躍的増大という要因が最も大きな要因としてある。飛行機を乗り継げば世界中のほとんどの場所に四八時間以内に到着できる。これは、ほとんどの感染症の潜伏期間の間に感染者が世界中に移動してしまう可能性があることを意味している。つまり、船での移動が主体であった時代に考えられていた、検疫によって感染症流入を防ぐというような考え方が、現在においては十分機能しないことを意味している。また、食材や加工食品の輸出入も飛躍的に増えており、これに伴い、食品を介して起こる感染症が国境を越えて拡散するリスクも増大している。(pp.157-158)