愛に見返りを求めてはならない

愛する意味 (光文社新書)

上田紀行『愛する意味』光文社新書、2019年より。

 

 基本的に私たちは、「愛している人には愛されたい」と期待するものです。味気ない言い方をすれば、見返りです。それも「こんなにしてあげているのに」と、自分のしたことは過大に見積もるわりには、受け取ったものをあまり高く評価しないという傾向があります。

 さらに悪いことに、とても短いサイクルでその見返りを考えています。

 たとえば、カウンターで100円を出したら、ホットコーヒーが差し出される。そんなファストフード店でのやりとりのように、現代の私たちは即時的に返ってくるコミュニケーションの形態に慣れすぎているのです。

 戻ってくる速さだけの問題ではありません。まるで100円とホットコーヒーを交換するように、恋愛でも親子関係でも、何かをしたらその対価がきっちりと返ってくるべき。それが一番フェアなことなのだと、どうやら世の中全般で信じられているところがあるのです。

 それがよく言う「ギブアンドテイク」の正体です。

 そうすると、愛の物語なのにもかかわらず、値段表を見て購入し、レシートをもらって毎日家計簿をつけているかのような状況です。「今月はこんなに愛を使ったから、もうすっからかんなの。早く誰かに返済してもらいたい」とばかりに、ひたすら電卓を叩いて帳尻合わせをしようとする。

 そうなってくると、もうその愛は、錬金術というおもしろさを失ってしまうのです。

 そもそも、出会いの不思議さというのは、化学反応のようなものです。

 めぐりあうことで、結果として特別な意味を持った化合物があらたに生まれるだけでなく、私とあなたのそれぞれも、今までとは違う色やかたちの何かに変わっていけることすらあるのです。

 それこそが、愛の楽しみ。でもそれも、かけたコストに見合った結果が出るかどうかを日々帳簿につけて損益を見ているような状態では、これから起こる化学変化への期待やワクワクする感じというものもなくなってしまいます。(pp.32-33)