榊原正幸『博士号への道―海外で学位をとるために』書評

博士号への道―海外で学位をとるために

博士号への道―海外で学位をとるために

イギリスのPhD(博士)課程について、出願のプロセスからPhD論文の書き方に至るまで、わかりやすく書いている貴重な本。原典の要約が抽象的すぎるので、著者自身の体験談をもっと入れるべきだったと思う。

まずPhD論文について、一般には何かすごいことをテーマにして書かれたものというイメージがあるのかも知れないが、実際に求められているのは「very tiny originality, very tiny contribution」(6頁)であるということ、つまりそれまでの業績にちっぽけながらも何かしらの新しい知見を加えることができるということである。むしろ「ちっぽけな」独創性、「ちっぽけな」貢献度こそが、PhD論文の特徴だと言える。逆にテーマ、理論、方法論において、今までに誰もやらなかったような革命的なことをやろうとすると、「実はそのような考え方は、学位取得はおろか、入学の妨げにさえなりかねません。」(6頁)ちっぽけながらもテーマ、理論、方法論のどれかに独創性が見られればそれでPhD論文は書けるということである。

また、論文を書く際に最も意識的でなければならないこととして、いつも自分に言い聞かせているのが以下。

「はじめの1〜2年は、とにかくいろいろと調べ、その研究成果はノートにまとめておいて、最終段階になったら一気に書き上げよう」といった計画は、よくありがちな標準的なアプローチのようですが、実は無謀としか言いようがありません。このような計画で臨むと、学位取得を断念させられる結果を生む可能性がかなり高くなるでしょう。PhD論文を実際に書くのは、それほど容易ではありません。質・量共に高水準だからです。特に文科系の場合、最終段階の半年や一年で書き上げるのは、量的な意味で、至難の業になってしまいます。肝要なのは、「こつこつと書きためていくこと」です。(115頁)

また同様に大切なこととして、論文の中で自分の研究がいかに貢献度の高いものであるかを述べるだけでは、その価値が半減するということである。実際には、貢献度を述べた上で、自分の研究に伴う限界とそして今後の課題まで書かなくてはならない。

PhDを目指す者として本書が論文に対する考え方や書き方について大変参考になったことは言うまでもないが、やはり一番強く印象に残ったのは、PhDを取得するための心構えについての著者の考えであった。

「PhDの学位を取得するために必要な才能」というものが、もしあるとすれば、それは「あきらめないことだけ」です。(130〜131頁)

経済的にもうこれ以上続けられなくなった、PhDをとる前に就職が決まった、情熱や自信を喪失した、などなど、途中でPhDを諦める理由は枚挙にいとまがない。経済的理由は自分の意志によるものではないにせよ、どれも途中で諦めることの理由にはならないと著者は言い切る。実際に仕事を続けながらPhD課程に在籍し、かつ途中でPhDを断念しようと思った経験もある著者の主張であればこそ、その言い分にも重みが増してくると言えるだろう。