コラム:「おいくらですか?」と聞けますか?

売文生活 (ちくま新書)

売文生活 (ちくま新書)

毎月決まった給料をもらう公務員やサラリーマンならあまりそういう状況はないかも知れませんが、1回きりの仕事ではそのつど契約というものが存在します。例えば、原稿を書いてほしいとか、本を書いてほしいとか、講演してほしいとか、ちびっこ祭りでウルトラマンの着ぐるみの中に入ってほしいとか(ないか)、まあそれ以外にも「スポット的な仕事」というのはたくさんあるわけです。むしろ需要というのはいつどこから生まれるのか予想できないので、そういう仕事のほうが多いくらいかも知れません。


もしあなたがそういう「スポット的な仕事」に縁はないとしても、そういう仕事を依頼することはあるかも知れません。その場合は相手と契約を結んで自分は対価を払う側になるわけです。そのような場合、依頼される側にとって正直気になるのは、


「この仕事でいくらもらえるのだろう」


という点であることはまず間違いないでしょう。額によっては仕事への力の入れ方を加減する人もいるでしょうし、額がいくら低かろうとも、プロとして引き受けた以上全力を尽くす人もいるでしょう。あるいは額によって自分の貴重な時間を割くだけの価値があるかどうかを判断する人もいるでしょう。それは人それぞれだから別に構わないと思います。ただ、大事なのはきちんと事前に額をはっきり言うということだと思います。


日本の会社ではその辺が結構あいまいになってしまっているところが多く、あとで依頼した側とされた側とで食い違いが生じたりすることがよくあります。また、依頼される側が「おいくらですか?」とストレートに聞くのは恥ずかしいと思う人が多いこともあるでしょう。


作家・フリージャーナリストの日垣隆『売文生活』(ちくま新書の中で、原稿を依頼される時はきちんと「おいくらですか?」と聞くことにしていると書いています。かりに安い仕事であったとしても、そのほうが気持ちよく仕事をできるからだそうです。


自分もよくある会社からその「スポット的な仕事」を依頼されるのですが、困ったことに、仕事の担当者によって依頼時に額と支払い月を言ったり言わなかったりするのです。その額も仕事内容に応じてピンキリで、すごく大きな額の時もありますし、1万円程度の仕事の時もあります。さらに困ったことに、額が大きい時は正式に「契約書」というのを社長さんと交わすのですが、あとになってその内容が修正されたこともありました。


「あとで修正するなら、一体なんのための契約書なの?」と思うわけですが、まあそのへんはいつもお世話になってることですし別にいいのですが、いずれにせよ修正したらすぐに伝えるのが常識でしょう。ところが、よく支払いの直前になって修正を知らせてきたりします。こうなるとちょっとこちらは困ってしまうわけです。10万前後の変更があったり、「こちらの勘違いでこの仕事分の支払いは今月ではなく来月でした」とか言ってきたりします。


そんな時、自分は思うわけです。「あなたがもし『こちらの手違いで、今月の給料のうちの10万円分は来月振込みになります』とか言われたら、困りませんか?」と。もちろん10万くらい減っても困らないくらい給料をもらってる人なら別ですが、たいていの人なら困るはずです。翌月に予定していたことが大幅に変更を余儀なくされる人だっているに違いありません。


だから、仕事を依頼する時はきちんと額を提示して、相手が気持ちよく仕事できるようにするのはビジネス人のマナーだと思うわけです。依頼されるほうが尋ねるのはかなりの勇気がいることなのだから。それと、きちんと収入印紙を貼って交わした正式な契約書の記載内容に変更を加えるというのは、ある意味では依頼側の「仕事上のミス」なわけですから、それなりの礼儀と責任の取り方が必要になるものだと思います。そのへんがあまりよくわかってない人が少なからずいる。


ビジネスというのは当然利害が絡むものです。お金が関係すると露骨に人間臭さが出てしまったり、利害関係が衝突してしまったりすることがよくあるのもある意味で避けられないことでしょう。


でもだからこそ、そういう可能性を減らす予防措置というのはあるべきだと思うし、それは努力で可能なものでしょう。本当にビジネスが上手な人というのは、「利害関係で仕方なくやっている」というのを絶対に表面に出さずに、相手に気持ちよく仕事をさせる人のことだと思います。その上できっちり利益も出す。それこそが真のプロフェッショナルです。利害が見えすぎるのは、なんというか、大学のサークルの幹事的なアマチュア臭さが漂っててかっこ悪いですね。


これから就職する人は、働き始めたらそういう場面に遭遇する機会が当然あるでしょう。そういう時、一緒に仕事をする相手に「もう一度この人と仕事したい」と思わせられるかどうかでしょうね。小池栄子もそう言ってることだし。