上杉勇司・青井千由紀編『国家建設における民軍関係』書評

国家建設における民軍関係―破綻国家再建の理論と実践をつなぐ

国家建設における民軍関係―破綻国家再建の理論と実践をつなぐ

 本書は、近年における紛争の性格の大きな変化に伴って注目を集めるようになった「民軍関係」という概念について、各執筆者がそれぞれのケースに基づいて概念の有効性を検証する学術論文集である。大規模な戦闘が終結したのちも、テロなどによって悪化した治安状況下にあることに変わりがないのはイラクアフガニスタンの例が示すとおりであるが、そのように治安が改善しない中でも紛争後社会の再建を同時に進めなくてはならない立場に国際社会は置かれている。軍事組織しか入っていくことができないような治安が悪化した地域では、90年代初頭のボスニア紛争の例のように軍事組織が緊急人道支援をも担うケースが増えることとなった。すなわち、軍事部門のアクターが文民部門のアクターが担ってきた活動領域に入ってくるようになったのである。そこで活動の重複や指揮系統の混乱など様々な問題が生じたのをきっかけに、「民」の立場である人道支援組織と「軍」の立場である国連PKOの軍事部門や国家・非国家の軍事組織との間の調整・協力・統合の必要性が認識されるようになったのである。

 他方でよりマクロな要因として、冷戦終結後に紛争と紛争当事者の性格が大きく変化したことも民軍関係の重要性が強く認識されることになった理由として挙げられる。すなわち、これまで中立的な立場を取ることによって紛争当事者から活動を中止に追い込まれるような妨害を受けずに来た人道支援組織が、治安を乱して国家建設の妨害をすることのみを目的とする紛争当事者から、脆弱な「ソフト・ターゲット」として返って標的にされるようになったのである。そうした現象は、紛争が現実的な政治目標を追求して行われるものから、アイデンティティイデオロギーを追求するアクターたちによって行われていることにも起因する。人道支援組織がそうした「人道的空間」を喪失するようになった結果、活動を継続するために軍事組織の支援や関係調整が必要とされるようになったのである。

 編者の上杉勇司は、民軍関係を分析するフレームワークとして以下の表を示している。


図1 民軍関係の概念図(21頁)
       国際社会             現地社会
軍   (1)国連PKO多国籍軍   (2)現地国軍・武装勢力
民   (3)国際機関・国際NGO   (4)現地当局、住民、NGO


 「軍」と「民」をそれぞれ「国際社会」と「現地社会」で分類し、民軍関係と言っても(1)と(3)の関係、(1)と(4)の関係、(2)と(3)の関係、(2)と(4)の関係と様々なパターンがあることを述べている。紛争要因や紛争当事者の性格などは各紛争によって異なっているが、そこで必要とされる民軍関係はほぼこの分析枠組みでとらえることが可能である。本書の第4部ではこの分析枠組みが実際の紛争にどのように適用できるかが示されており、非常に示唆に富んでいる。民軍関係は最近注目を集めてきた概念であるが、1992〜1993年にカンボジアに展開したUNTACの活動の頃にすでに民軍関係の萌芽が見られたこともここで述べられている。また、アフリカとアフガニスタンで試みられている、民軍関係を意識した新たな取り組みも紹介されている。

 最後に編者の上杉は、本書で十分検討できなかったこととして、民間軍事会社などの非政府治安組織(informal security providers)との関係をどう律していくべきかという問題が残っていると述べている。非政府アクターであるためにその存在の正当性に疑問が感じられるような組織であっても、現地社会の住民が必要としている秩序維持と治安を提供できている組織を、平和構築のプロセスの中でどう位置づけたら良いのかという難題がそこには潜んでいる。この問題については本書ではほとんど触れられておらず、今後の課題となる問題であるが、たとえば民間軍事会社(PMSC)のようなアクターを民軍関係という枠組みで捉えきれるのかどうかという根本的な問題から考え直さなくてはならないだろう。

 本書は研究の最前線を示す学術書ではあるが、民軍関係を理解するための入門書・たたき台としても十分機能する書である。紛争と紛争当事者の性格が「複合化」するとともに、それを分析する研究も今後ますます多様化していくことが予想される。