齋藤孝『15分あったら喫茶店に入りなさい』書評

15分あれば喫茶店に入りなさい。

15分あれば喫茶店に入りなさい。

  • 作者:齋藤 孝
  • 発売日: 2010/09/01
  • メディア: 単行本

これは、ふだん自分が思っていることをまさにそのまま本にしてくれたような内容の本である。ルーティンの仕事が多すぎて良いアイデアが出てこない職場と、諸々の誘惑物があってだらけてしまう家と比べて、その中間的な位置にあって「緊張と弛緩が適度なバランスで混ざり合う」(174頁)喫茶店は、まさに自分にとっても最も生産性の高い場所である。著者が言うとおり、喫茶店のコーヒー代は、喫茶店の空間を買っているお金なのである。

「いかにも勉強してます」という図書館の雰囲気が嫌いな著者は、喫茶店がもつ「ライブ感」、人をアクティブにさせる雰囲気が好きなのだという。確かに喫茶店が持つテンポの良さは、図書館や自習室にはない。てきぱきと仕上げたい勉強や仕事は、やはり喫茶店向きなのだと思う。ストップウォッチを使って30分単位で一つの仕事を終わらせるという著者のやり方も非常に参考になった。てきぱき終わらせるためには、喫茶店になんでもかんでも持ち込むのは良くないと著者は言う。自分はついあれもこれもと持って行ってしまう癖があり、確かに結局はまったく触れられないまま終わることが多い。「これとこれだけは確実に終わらせる」という最低限の目標設定が必要で、それをやるとおそらく気持ちも軽くなるのだろうと思う。

その他に面白かった点としては、まず「喫茶店は自己を客観視できる場」だと言っている点。

自分を見つめるための方法として、かつては「日記」という手段がありました。
しかし、日記はとかく情緒的になりがちなものです。日記で処理できるような不安というのは、意外と少ないのです。書いていくうちに、変な自己憐憫が生まれますし、気分や自分に酔ってしまいがちです。
よく、夜中に書いたラブレターや手紙は実際に送るとろくなことにならない、と言いますが、それと同様で、書く時間帯がよくないということもあります。
まだ意識がしっかりある黄昏時に、喫茶店という半公共的な場所で、自分を振り返るほうがずっと生産的です。(102頁)

コーヒーの効果もあって、喫茶店は自分や世界を相対化できる場でもある。

また、「相手を見極める場としても喫茶店は最適」と書かれているところも面白かった。

茶店は極端にいえば、相手と「話す」しかない場所です。喫茶店に誰かと一緒に入った場合、そこでは人の対話力が露わになります。
レストランであれば他に美味しい食事があり、映画館であれば映画があるのでごまかしが利きます。ところが、喫茶店では、無防備でまっさらな自分で相手と向き合うことになる。
素手で相手に向かったときに、自分の力がはっきり見えてきます。(166頁)

女性を食事に誘うのもいいですが、食事の場合は、美味しいものによる高揚感も生じ、相手を正確に見極めるのがより困難です。
茶店では、目に見えないところで、膨大な情報交換が高速に行われています。相手がどんな人物かを見るのに、喫茶店は最適です。(167頁)

さらに、喫茶店だけに関係のある話ではないが、「仕事と趣味の違い」について、著者が自分の若い頃の経験を踏まえて述べている箇所は、研究と仕事を並行してやっている自分にも耳の痛い話だった。

大人の仕事には、社会のなかに組み込まれていることによる、責任感や緊張感があります。
逆にその人がどんなに一生懸命にやっていても、社会から切り離されたなかでやっているのなら、それは仕事ではありません。
社会から切り離された環境というのは、他人事ではなくて、私の二十代がまさにそうでした。
当時の私は、一日14時間、毎日研究を続けていました。でも、その結果は一円にもならなかったし、それどころか、私がやっていることは、誰にも成果を期待されていなかったのです。
そういう日々を5年間続けてみて、私はようやく、それは仕事ではない、ということを理解しました。
仕事には必ず、限られた時間内でのミッションがあります。いつまでの期限になにをするか、ということが決まっていて、その結果を待っている人がいるのです。(92〜93頁)

漠然と感じていたことを言語化してくれる本に出会えて良かった。とても面白く役に立つ本だった。