「自殺はいけない」はいけない(松本俊彦)
松本俊彦『もしも「死にたい」と言われたら 自殺リスクの評価と対応』中外医学社、2015年より。
こちらの質問に対して、あるいは患者から自発的に「死にたい」という言葉が出てきた場合、訴えを軽視しないで真剣に向き合い、共感と支持、思いやり、そして支援を約束する姿勢が伝わるようにすることが大切である。
自殺を考えるに至った原因は何であれ、患者は自らが現在置かれている状況を恥じていたり、人に告白してもまともに向き合ってもらえないのではないかと思い込んでいたりする。したがって、正直に自殺念慮を告白してくれたことをねぎらうべきである。こうすることで、「自分の気持ちを正直に語ることはよいことである」というメッセージを伝える必要がある。その際、援助者は決して慌てたり騒いだりすることなく、静かで穏やかな態度を維持していることが望ましい(p.44)
安易な励ましをしたり、やみくもな前進を唱えたりすべきではない。「残された人はどうするのだ」、「家族の身になってみろ」、「死んではいけない」という叱責や批判、あるいは強引な説得も好ましいものではない。「自殺はいけない」と決めつけられた時点で、患者はもはや正直に自殺念慮を語ることができなくなる。そうなった場合、援助者は自殺のリスク評価が困難となり、再企図を防ぐことはおぼつかなくなるであろう。
また、自分の信念や哲学、人生観、生命観、思想、信仰、に基づいて、「いかに自殺がいけないことか」を説いたり、患者とのあいだで「自殺はよいことか、悪いことか」を議論したりするのもいけない。こういったかかわり方は、不毛であるだけでなく、有害といってよい。患者といかに長時間にわたって議論しても、患者は決して援助者に気持ちを受けとめてもらった感覚を抱くことはできない。たとえ患者を論駁したところで、患者の「死にたい」という気持ちが変化することはないであろう。
自殺を告白する患者には、「死にたい」と「生きたい」という矛盾する2つの考えがあり、たえず動揺している。そのような心理状態にあるところにいきなり強引な説得をされれば、患者はかえって意固地になって自殺を肯定しようとすることもある。それでは、逆に再企図のリスクは高まってしまいかねない。
援助者として正しい態度は、「自殺の是非は誰にもわからないが、はっきりしているのは、いま現在、幸せな人はそのようには考えない」というスタンスであろう。(pp.44-45)