昭和の女中さんの回想

 

小さいおうち

 中島京子『小さいおうち』文春文庫、2012年より。

 

 快活で、いつもお幸せそうに振る舞っていらしたけれども、奥様の最初の結婚は、幸福ではなかったといえるだろう。

 最初のご亭主は、そこそこの会社にお勤めのサラリーマンという話だったが、わたしが入ったころには不景気のあおりをくらってクビになっていた。親戚の経営する工場で、事務のような、日払いの嘱託のようなことをしていたのだが、気持ちが荒むのか、入ってくるお給金を飲んでしまって、子供もいるのに家庭になかなか帰らなかった。

 よくよく考えれば、子供がいるから帰らなかったのだろう。男の人によっては、子を産んだ妻を敬遠するものもあると聞く。あんなに美しい奥様と、天使のような男の子を蔑ろにするなんて、どうしたものだろうと思うけれど、夢のごとき結婚生活を思い描いて嫁いできた美しい妻を幸福にできない負い目は、器の小さい男にはまともに向き合えなかったのかもしれない。

 奥様は、冷えたお膳を前にため息をつく殊勝さは持ち合わせておらず、帰ってこないものの食事など作らないでもいいと言い張る気の強さだったが、陰では涙をこぼしたこともあった。それを知っているのは、わたしくらいなものだろう。(p.22)