勝間和代『断る力』書評

断る力 (文春新書)

断る力 (文春新書)

非常に面白く読んだ。「コモディティ(規格が決まっている商品のことで、人材であれば汎用的な人材のこと)」から抜け出して「スペシャリティ」になるために、人は「断る力」を持たなくてはならない、と著者は説く。ただし、その「断る力」とはむやみやたらと人からの依頼を非情にはねつけることを意味するのではなく、自分の能力の限界を正確に認識して、自分が持つ限られた資源を得意な分野に集中させるための力であるという。そして、「断る力」とは他者との協力を拒んで孤高を貫くことができる人の能力ではなく、他人との建設的な協力関係をうまく築くことができる人が有する能力、「自分にも、相手にも、限界があるということを互いに認識しながら、どのように互いの能力を組みあわせたら、もっともうまくいくのかということを模索する道」(272頁)であるという。

そこから断る際のマナーも出てくる。大切なのは、相手からの頼みを断ることが、相手の存在意義の否定にならないことであると著者はいう。

断る場合には
・「なぜ提案を一度は断るのか、ということについてのしっかりした説明、位置づけ」
を注意深く行った上で、
・「こうしたほうがよりお互いにとってもプラスになります」
という代替案を提示する、その繰り返しです。逆に言うと、こちらがその理由をしっかり説明できなかったり、代替案を提示できなかったりするときには、ある意味、私たちは相手の言うことに対して断る権利がないと解釈すべきです。
大事なことは何かというと
◎「断る」≠「相手の否定」
ということを、誠心誠意を込めて、相手に納得してもらうことです。したがって、提案を引き受けるときにはさらっとでいいのですが、断るときにこそ、引き受けるときに比べて3倍以上のエネルギーが必要になります。(248〜249頁)

ノーを言う場合には、
◎こちらが、意地悪で主張しているのではない
◎相手をわざわざ傷つけようとしているわけではない
◎相手の価値観は理解した上で話をしている
ということを、心の底から相手との信頼をもって伝えないといけません。すなわち、断ることによってかえって相手からこちらへの信頼が増すとか、あるいはこちらに対してファンになってしまう位の気合いと誠意が必要なのです。(65〜66頁)

限られた時間や能力をいかに自分の得意分野に振り分けられるかが分かれ道、というのは本当にその通りで、自分もわが身を振り返って思い当たる反省点が多々あった。努力は測定可能で「努力=使った時間配分量」(172頁)であるとか、「35歳までに自分の軸を定めること」(213頁)とか、チームワークは5〜7人が限界(283頁)という考え方には非常に共感できた。

ただ、世の中の現実を見た場合、おそらく9割方の人たちは「コモディティ」として一生を終えていくのであり、「スペシャリティ」は少数派だからこそ「スペシャリティ」でいられるのだと思う。そして言うまでもなく、「コモディティ」であることが不幸であるとも限らない。もちろん著者は、人は場面や相手によって「コモディティ」になったり「スペシャリティ」になったりすると書いているので(63頁)完全に二分化できるものではないが、それでもほとんどの人が人生の大部分において「コモディティ」としての役割を担っていることに変わりはない。

そう考えた時、この本は「スペシャリティ」の人たちに向けて「これからも共に頑張りましょう!」というメッセージを送っているか、または「コモディティ」の人たちに対して、「私たち『スペシャリティ』はこういう理由であなたたちに対して断る場合もあるけど、悪意からのことではないから理解して下さいね」というメッセージかのどちらかということになってしまうのではないか。世の中の隅々までシステムに取り込まれている現代において、「断る力」を発揮して「コモディティ」から抜け出しましょうと呼び掛けてみても、社会の多数派のコモディティにとっては空しく響くか、あるいはそれこそ勘違いして「むやみやたらと断る」誘惑にかられるのではないだろうか。

著者の仕事に対する向き合い方、知的探求心には非常に共感できるし、見習いたいとも思うが、いくぶんエリートの無邪気な上昇志向が本書には見られるような気もする。大衆運動の怖い点についても、まだ無頓着であるような印象を受けた。

「断る力」という概念自体は非常に面白く、日常の意識化を促すためには有効であると思う。